一話
七夕中に終わらせます
藍色の世界は、かすかな視界を覆う。
「織姫、もう良いか?」
「ええ構いません」
周りに人は居ない。
「それでは、1年後」
「ええ」
少しだけ目の端を赤く濡らして、それでも気丈に彼女は笑う。
その顔は私に向けられたものだったのだろうか。
私は今でも考えている。
「彦星」
「ええ、聞いていますよ。屠殺の話でしたかね」
あれから二ヶ月が経った。別に私には変わりがない。今だって中央政府の官吏との会談の途中だ。
「ああ、最近は景気がな」
「大変ですね」
「他人事だと思って……お前がちゃんと仕事をしてればこんなことには」
「申し訳なく思っています」
「……まあ良い、少しの落ち込みくらいは想定の範囲内だ。取り返しはつく」
そう言って、彼は立ち上がる。
「あの」
去ろうとする官吏の肩を掴む。
「話ならできない。私が殺されてしまうからな」
すぐに離すと、私は手を引っ込めてしまった。
「災難だな」
私はそう思っては居ない。けれど、官吏にしてみれば違う。
「君が良ければ、知り合いの娘でも紹介するが」
「いえ、構いません」
返答は早かった。
「何が起こるか誰にも検討がつかないのですから」
天の神は全知全能とされ、全てを司る神だ。
俺達は懸命に働くことを条件に「一年に一度しか会えない」という呪いをかけられた。
それだけならいい。
昔彼女と出会ったことを思い出す。
人の身を逸脱した異端者が集まる天界の末端。異界との取引所で、私は織姫と出会った。
「こんにちは」
「ああ?……なんだ」
「あなた、丑上家の御子息じゃない。こんなところで油を売ってるの?」
「お前こそ、全知全能の化け物がこんなところに来ていいのか」
「そっか、身分は割れてるのね。一度くらいは会ったことがあるのかしら」
「あんたは知らないだろうけどな。継承順位が低いと大変なんだ」
「聞かせてみなさいよ」
「……一位以外は五歳になると捨てられる。世襲戦争を忌み嫌った先祖様の寛大な御心だな」
「だから貴方は出自が優れているにも関わらず、こんなところで奴隷として燻ってるわけね」
「あんたは? 瑞織家は凋落したのか?」
「私達は十歳になったら全員捨てられるのよ。そしてはじめに本家を買収できた一人が継承権を取れる」
「全員……? それじゃあ一年二年のハンデでもあるのか……?」
「いえ、子供が十歳になったら石像に変えて、継承戦争まで保管するのよ。ある程度人数が集まったら一斉にスタート。今年は四十人くらいかしらね」
「全知全能は規模が違うな」
「受け継がれた才能を順番のせいにしてる何処かの誰かとはそりゃ違うわよ」
「……どうなんだ?」
「私? もう買収くらいならできるわよ。……ふむ」
「な、なに」
「あんた、私が買ってあげましょうか」
「……なんで?」
「丑上の血が少しでも入っていれば、十分優秀でしょう。使い方、ケツの叩き方で少しくらいは変わるでしょうしね。私そういうの得意なの」
「なんとなく見てりゃわかるよ……」
店主に金を支払ってそのまま、手につけられた枷を外される。
店の外へと出る。
「面白いことを教えてあげる。」
「全知全能の神はいつの時代も能力の他に何も継承されない。能力の代償でしょうね。記した書物もそれを書き写したものでさえ、死んでしまえば塵になる。つまり、自分の能力が及ぼす範囲を全ては把握できていないの。」
「私に継承されてしまえば穴を突いた悪用はできなくなる。ルールを破れるのはいつだって下法者なのよ。」
「私だってねお高く止まった天界は嫌いなの。努力すらせず出自だけで威張り散らす貴族とかは特にね。」
「だからこの手でぶち壊す」
「面白そうでしょ?」
それから三年して、彼女と私は呪いにかけられた。
もう少しで一年が経つ。
官吏は、私の顔をまじまじとは見ずに、話を振る。
「一年に一度会う事ができるって物理的に二人共会うことができなかったらどうなるんだ?」
かすかに地面が揺れたようなそんな気がした。