99話 解呪
白い輝きを放つ女神像。
俺は、その美しさに感動してしまった。
「綺麗だ……」
アレスも息を呑んで立ち尽くしている。
女神像の光はさらに強くなり、様々な色が混ざり合った虹色の光が部屋を照らした。
凄まじい存在感だ。これが神性ってものなのだろうか?
『よくぞ試練を乗り越えました。あなた方に、恩恵を授けます』
「恩恵……」
『あなたの願いを口にしなさい』
響く女性の声。
声を聴いただけで、全身の力が抜けるような感覚があった。聞き惚れるというか、腰砕けになってしまうというか……。これが女神様の声?
迷宮の奥にある女神像の下へと辿り着いた者の願いを叶えてくれるという、迷宮の恩恵。本当に存在していたのだ。
転生の時に出会ったのじゃロリ神に似ている気もするが、こちらの方が遥かに落ち着いた印象だ。
待望の時が訪れたというのに、現実感が湧かない。あまりにも唐突過ぎるせいだろう。
まるで夢でも見ているかのような、足元がフワフワとした感覚だ。
それに、僅かな不信感もある。迷宮の悪意とは何だったのか? あれも、この女神のような声の主の仕業なのか? 明らかに、迷宮の悪意が去ったことで女神像が反応を見せたのである。どう考えても、連動していた。
『願いを』
ああ、そうだ、今は願わなくては。女神像から放たれた声に誘われるように、俺は口を開いた。アレスと約束したんだ。彼の仲間の蘇生を願うと……。
「アレスの仲間の命を――」
「待て!」
俺を止めたのは、他でもないアレスだった。俺の肩を強く掴んでいる。
「待ってくれ。僕の仲間のこととか、考えなくていい」
振り返ると、そこには疲れ切った顔の青年がいた。相当消耗しているのか、その目の下には濃い隈ができている。それに、その顔はとても悲し気だ。俺を見下ろすその目からは、優しさと悲しみが感じられる気がした。
「君は、いつでも他人のためなんだな」
「?」
どういうことだ?
「済まない。なんでもないんだ。君たちは、呪いを解きに来ているんだろう? それを優先してくれ」
「はい? えっと……?」
俺が戸惑っていると、シロとクロが近づいてきた。2人の顔にも、アレスに対して警戒の表情である。それを分かっているのか、アレスは肩を落としながら頭を振った。
「……天竜の核を誰が盗ったとか、もういいんだ。もう君たちをどうこうしようなんて考えていない。むしろ謝りたい。だから、自分たちの願いを叶えて欲しい」
アレスの目は嘘をついているようには思えなかった。助けに来てくれたわけだし、本当に俺たちのことはもう許してくれたようだ。
「いいん、ですか?」
「ああ、勿論だ。仲間の蘇生は、僕が願うべきことだ。君たちの力を借りずとも、成してみせるさ。だから、自分たちを優先してくれ」
「……分かり、ました」
俺は迷宮への不信感を呑み込んで、女神像を見上げた。まずは、最大の目的を果たさねば。
「お、おう。分かったよ。あの! 俺たちに掛けられたこの呪いを、解くことはできますか?」
「呪いといてほしーです!」
「のろいとくー」
『実績確認』
まず、俺の体が軽く光る。
『転生者の魂・特殊招待者、第三階梯迷宮の試練、悪魔の討滅、確認』
なんか、急に機械的な応対になったな。次いで、シロたちが光った。
『実績確認。第三階梯迷宮の試練、悪魔の討滅、確認』
実績というのが、迷宮に入ってから乗り越えた試練ってことか? でも、俺には転生者の魂っていう実績があったし……。何がカウントされるのか、いまいち分からんな。
『少年は完全解呪可能です。ですが、獣人の少女たちは、完全な解呪は不可能』
「え? 俺だけ……?」
「にゃ?」
「わう?」
『少女たちは、どちらの解呪を優先しますか?』
どちらの?
「それってつまり、シロとクロには、呪いが2つあるってことですか?」
『少年と同じ、魔神の呪いに加え、生贄の呪いをかけられています。両呪法を完全解呪するには、実績が足りません』
迷宮の悪意にかけられたのが魔神の呪いっていう名前なのも初耳だが、それ以外に呪いだと? 多分、領主によって何かされているんだろうが……。
「生贄の呪いっていうのは、どんな呪いですか?」
『特定の呪法に対応し、発動時に魂を対象者に捧げることを強制されます』
「特定の呪法って?」
『候補多数にて特定不能。術者の設定によります』
そうか、術者によって発動条件が違うのか! 生贄の呪いって、メチャクチャ物騒な名前だが……。
「そもそも、術者である領主が死んだのに、まだ呪いに効果があるのか?」
『術者の設定によります』
またそれかよ!
だが、本当にどうすればいい? 発動したら、死ぬ呪い? そんなもの、残しておいていいのか? 発動条件も分からないし……。でも、領主がシロとクロを捕えようとしていたってことは、遠隔での発動は無理ってことだろう。
それでも、絶対に安全とは言い切れんところが怖いが。
数ヶ月後に確実に発動する魔神の呪いか、発動する確率は低そうだが即死する可能性がある生贄の呪い。どちらかを残さねばならないようだった。
これが、迷宮の悪意の意味深な笑みの理由か! くそ!
突如突き付けられた選択に俺が悩み続けていると、横からアレスが口を挟む。
「あの、例えば僕が彼らの解呪を願った場合はどうなるのでしょう? より強い呪いを優先して解呪してもらうとしたら?」
『転生者の魂・勇者、第三階梯迷宮の試練、第一階梯魔王の討伐、第二階梯魔王の討伐、第六階梯魔王の討伐、達成確認』
俺たちを助けようとしてくれている? それに、転生者の魂・勇者って言ったか?
「アレス、さん。あなたは転生者なんですか? しかも、勇者……?」
「ああ。でも、それは後にしよう」
本当に転生勇者だったとは! 主人公じゃん。
『少女2人の魔神の呪いを解呪可能』
「じゃあ、それをお願いします」
止める間もなかった。まさか、こんなあっさりと俺たちの解呪を願うとは思わなかったのだ。
『恩恵を授けます』
女神像と同じように強い光を放つアレスに、思わず叫んでしまう。
「なんで!」
「……借りを返しただけだよ。君たちを殺しかけた借り。それと、前世で命を救ってもらった借り。今が返すときだろう?」
「な――」
命を救った? それって――。
だが、それ以上の話を聞くことはできなかった。アレスを包む光が治まったかと思うと、その姿がかき消えてしまったのだ。恩恵を受け取り終わると、迷宮の外へと脱出させてもらえるらしい。
凄く助かるアフターケアだな! 俺たちも帰り方を悩まずに済むってことか!
いや、アレスに話を聞くのは、迷宮を出てからだ。今は自分たちのことだな。
「残った俺たちの呪いを、解呪してください」
「お願いします!」
「します」
3人でペコリと頭を下げながら、願う。
『恩恵を授けます』
「おお!」
「にゃぅ!」
「わう」
相変わらずの機械のような声とともに、俺たちの体が強い光を放っていた。




