98話 黒い悪魔の最期
迷宮の悪意と、黒い悪魔。どちらも魔力の質が良く似ていた。もしかして、似たような存在なのか?
そんな両者が、俺たちの前で言い争いを始める。
「子の怒りを煽り、憤怒の力に呑まれるよう仕向けていたようだが……。無駄であったな」
「フザケルナッ! モウスコシ! モウスコシダッタノダ! ガキガボウソウスレバ! フタタビジュニクスルハズダッタノダァァ!」
「消えろ。蜥蜴が」
「ギイィィィイィィ! ジュニクスレバ、キサマラトテェェ! クソオオォオォォォォ!」
「くふふ。勇者に倒されておいて、受肉すれば我に勝てると?」
「ダマレェェ!」
絶叫を上げる黒い悪魔の輪郭がぼやけ、姿が薄れていく。だが、そのまま消滅するわけではなかった。
なんと、悪魔から放たれた魔力が、俺たちに向かって流れ込み始めたのだ。
「ガアアァァ! ナ、ナゼ! アリエヌ!」
「貴様らが贄として引きずり込んでいるチーター共とは違うのだよ。2人は正式な招待者。2人は正統な血筋。貴様らが隷属させることなど不可能。それどころか――」
「ス、スワレル! ワザトダナ! ワザト、ワレヲミノガシタナッ! ニエトスルタメニ! ク、クワレルッ! ワレガ、クワレルゥゥゥ!」
絶叫を上げる黒い悪魔の魔力は、ドンドンと俺たち4人の中へと――吸収されていくのが分かった。
「イヤダ! イヤダイヤダ!」
「少年にも勇者にも試練を乗り越えられた、貴様の負けだ。今度こそ大人しく糧となって、消えるがいい」
「イヤダァァァァ!」
俺たちだって嫌だよ! こんな正体不明の存在の魔力吸収して、問題ないのか? だが、遮断しようとしても勝手に入り込んできてしまうのだ。
「にゃにゃ!」
「わうー?」
シロとクロも、自身に纏わりつく黒い靄を振り払おうとしているが無駄だった。悪魔の叫び声が途絶えるまで僅か10秒。
その短い時間で、黒い魔力は完全に俺たちの中へと吸収されていた。体内魔力が大幅に増えているのが感じられる。謎の魔力を食った時に似た、満足感があった。
「子らよ、よくぞ生き残った! 素晴らしい。これからも試練を乗り越え、育て。より育ち、より良き贄となれ。我が為に! その末に我の試練を乗り越えれば、その時は我がお主らの糧となるだろう。ああ……どうなるか、楽しみだなぁ?」
「……俺たちは、この迷宮で呪いを解く。お前とはもう会わない」
言い返す自分の声が震えている自覚はある。迷宮の悪意の得体の知れなさに、恐怖心が抑えられないのだ。
「くふふふ……。昏く深き地で、また会おう」
そんな俺に対し、意味ありげな笑いを残して迷宮の悪意は消え去った。一瞬で、跡形もなく。
「今のは……あれが、迷宮の悪意? あんなの、勝てるのか……?」
アレスが呆然としている。天竜に打ち勝ったアレスでさえ、迷宮の悪意の放つ存在感に圧倒されたらしい。
シロとクロは怒りの表情で、迷宮の悪意が消えた後の空間を見つめていた。
「よく分からないですけど、次会ったらシロがやっつけてやるです! だからトールは安心するです!」
「トール怖がらせるやつは、クロがせーばい」
「お前ら……」
アレスでさえビビっちゃう相手に、そう言い切れるの凄いな! しかも、俺のことを心配してくれるなんて。
俺が感激していると、クロが急に暗い顔をした。
「わう……」
もしかしてどこか痛いのか? 考えてみれば、あの激戦の後なのだ。俺を心配するあまり、無理をしていてもおかしくはない。
「クロ、どこか――」
「りゅうのおにく……」
クロの視線は、地面に転がるデザートドラゴンの下半身へと向いている。
肉体が半分消滅してしまい、肉が想定よりもゲットできなかったことを悲しんでいるだけだった!
「はっ! お肉たくさん消えたです!」
シロも驚愕の表情に!
「わうー……」
「にゃー……」
ええい! 泣くんじゃない! 今は皆で生き残ったことを喜ぶんだ! あと、俺が無事だったことをもっと喜んで! それに、腹周りの美味い部分は残ってるだろ!
気が抜けて、不安や怒りなんてどっか行ってしまった。
それに、この肉は俺たちだけのもんじゃないからな? アレスも一緒に戦ったのだ。
アレスとのトラブルの原因も、俺が天竜素材を盗んだことである。同じ過ちを繰り返すわけにはいかないのだ。
チラリとアレスを見上げる。すると、青年はこれまで見たことがないような爽やかな笑顔だった。
「ははは……君たち、凄いな……。あの竜の肉が欲しいのかい? いいよ、全部持っていくといい」
「いいんですか?」
「ああ、必要ないから」
「やったです! この人いい人でした!」
「しゅーのーしゅーのー」
大はしゃぎの2人に急かされてデザートドラゴンの下半身を収納しようとすると、俺たちを見下ろす位置に設置されていた女神像が突如輝きを放った。
「女神像が……!」
柔らかな白い光が降り注ぎ、体から痛みや倦怠感が消えていく。
「おぉ……」
灰色の石像が光っているだけだが、驚くほどに感動している自分がいた。神々しいっていうのは、このことか。
直前までの重苦しい雰囲気は一瞬で吹き飛んでいた。




