97話 謎の魔力
「うぉぉぉ!」
勝利の余韻で体が震える。だが、同時に俺はその場で膝を突いてしまった。
熱い。全身がただただ熱い!
焼けるようとか、そんなレベルではない。
自身の肉体を灼熱の炎が包み込み、今も燃え盛っているのではないかと錯覚するほどに、熱い!
「が……」
特に喉だ。熱さで呼吸が難しくなる。口からは黒い煙が溢れ出し、全身の肌から水分が失われていくのが感じられた。
体内で、恐ろしいほどの高熱が暴れているのだ。これは、限界を超えて赤い魔力を使った反動なのか? 放っておけば、本当に体に火が付くかもしれない。少し、怒りに任せて無理をし過ぎたようだ。
「トール! だいじょうぶですか!」
「トールー。へいき?」
シロとクロが俺に駆け寄ってくる。自分たちが火傷するのも厭わず、俺を抱き起そうとしてくれた。ずっと声をかけ続けてくれる2人。
それを聞いて、俺は僅かな苛立ちを覚える。
ああ、耳に響く声がうるさいな。そんな、有り得ない感情。
そう、有り得ない。シロとクロは、今の俺にとってたった3人だけの家族。そんな2人が心配してくれている声に、苛立つ?
これは、俺の感情じゃない。お前は、誰なんだ?
『……!』
なんだ? 気づかれないとでも思っていたのか?
ずっと、おかしいと思っていた。
怒りと共に湧き上がる、凄まじい力。もう何度発揮したかわからない。自分でも、何回この展開やるんだよって呆れるほどだ。
力が増すだけなら、ここまで不審には思わなかっただろう。
問題は、怒りと共に湧き上がる力が増すにつれ、俺自身の怒りっぽさが増しているような気がするのだ。日常生活ではそんなことないんだが、明らかに戦闘中に頭に血が上ることが増えていた。
それに、俺ってここまで怒りに呑まれるタイプだったか? 今のところ、暴走するほど我を忘れたことはない。しかし、怒りを覚えると、明らかに好戦的になるのだ。
この感情と力に俺の喉――竜の逆鱗が関係していることは、何となく分かっていた。触られた竜が我を忘れ、激怒するという逆鱗。それを得たことで、怒りっぽくなってしまった?
そう納得しようともしたが、やはり違和感があった。
そこで気づいたのだ。デザートドラゴンに止めを刺す直前、ようやく違和感の正体が何であったのか分かった。
俺の中に、ナニかがいる。俺の怒りを煽り、好戦的にさせるナニかが。魔力の中に紛れているが、微かに俺自身の物ではない魔力が感じられたのだ。
まあ、力を貸すならそのままでもいいかと思ったのだ。それで被害を被るのは、俺だけだしな。だが……、シロとクロに対してまで怒りを感じるように、仕向けたな?
『……!』
なんだ? 怒っているのか? 俺の中に勝手に棲んでる寄生虫野郎のくせに! おっと、また怒りが急に増したな。お前、やったな? うん? 今度はシロとクロに対しての苛立ちか?
『……!』
無駄だよ。シロとクロに対して、こんな感情を感じるはずがない。これは、お前が生み出した仮初の感情だ。俺の中にいるくせに、分からないんだな。
俺にとって、シロとクロは全てだ。この2人がいるから、俺は生きていられる。俺が2人を守っているだけじゃないんだ。あの2人に、俺も守られている。色々な意味でな。
お前は、何なんだ? いや、いい。どうせ、これから消えるお前のことなんて、どうでもいい。
実は、戦いながら、ずっと思っていたんだ。お前、美味そうだな? 魔力の塊であるお前を喰ったら、いったいどんな味がするんだろうな?
『……!』
なんだ? 怯えているのか? でも、もう謝っても遅い。
『……!』
俺の魔力が謎の魔力に食らい付き、吸収した。
あー、美味い。なんだろう? 口で食ったわけじゃないから味なんてしないはずなんだが、とにかく満足感がある。
食欲が、本能が、満足しているのだ。
このまま、食い尽くしてやろう。
『……! ……!』
さっきも言ったが、もう遅いんだよ。お前は、手を出しちゃならない領域に手を出したんだ。分かるか? 俺の怒りが?
ああ、だからこんなことができているのかもな。
お前は、俺の中で怒りを煽っていた。何が目的か分からんが……。
しかし、俺が怒って湧き出す力は、俺のものだ。俺の喉に生えた、逆鱗の能力だ。その力をお前は掠め取れるんだろうが、俺以上に力を得ることができるわけじゃない。
『……!』
制御? 確かに不思議だな。激怒している今の俺は、デザートドラゴン戦以上の力を発揮しているはずだが完璧に制御できている。それこそその魔力を操り、実体のないお前を食らうことが可能なほどに。
今なら、なんだってできそうだ。お前を一息に食い尽くすことさえな!
「いただきます」
「トール? ご飯食べる夢見てるですか?」
「くいしんぼー。トールはくいしんぼー」
おっと、いただきますって言葉が口に出てしまっていたらしい。ちょっと待っててくれな? 今このクソ野郎を食って――。
『グガァァァァ!』
俺が謎の魔力に止めを刺そうとしたその直後、俺の中から何かが外に飛び出した。黒い靄のようなものが湧き出し、そのまま俺から逃げるように部屋の中央で渦巻く。
『グガ……ワレガ、マケルハズガ……コンナコトォォォ!』
凝り固まっていく黒い靄は、まるで人のような形になっていった。身長は2メートルを超え、翼や角のようなものが生えている。
その姿はまるで悪魔のようだ。いや、尻尾もあるから、竜? まあ、とりあえず悪魔と呼んでおこう。口がどこにあるかも分からない漆黒の悪魔が、悲鳴のような絶叫を上げる。
『ナゼ、ワレガヒトノコゴトキニィィィ!』
それは、デザートドラゴンを強化した声の主によく似ていた。俺の中にいた謎の魔力と、あの声の主が同じということか? まあ、ここでぶっ倒しちまえば俺たちの勝ちだ。
「みっともないことだ」
俺が身構えようとしたその寸前、何者かの声が響いた。聞いただけで背筋が凍りつくような悍ましさと、聞き惚れそうになる美しさを兼ね備えた声。
その声の主が姿を現すと、それだけで部屋の空気が粘り気を帯びたかのような重苦しさが放たれる。
その姿にも、声にも、憶えがあった。俺たちに呪いを刻んだ相手を、忘れるはずがない。
「我が目を付けた贄を掠め取ろうとして、無様に負けたのだ。大人しく、糧となれ。それが、我らの法」
『フザケルナァァァァ!』
迷宮の悪意が、姿を現していた。




