95話 勇者アレス
「にゃふぅぅ? すやー」
「わうー……すぴー」
あどけない寝顔しやがって、俺がどれだけ心配したと――。
ドゴォォォォォ!
「!」
相変わらずの激しい戦いが続いていた。魔力がぶつかり合い、衝撃波が空間を揺らす。
どちらも、もう俺のことなんて視界から消えているだろう。それほどに戦いは拮抗していた。
一見すれば、ドラゴンの全ての攻撃を回避するアレスが押している。ただ、体力や生命力面ではデザートドラゴンが勝っており、1撃入れば一気に形勢は逆転してしまうだろう。
俺は、どうすればいい?
そもそも、どうなってほしい?
アレスの勝利? それとも共倒れ? アレスは味方なのか? 先ほどは助けてもらったが、殺されかけたことは忘れていない。
いきなり「味方だったんだ! 助けないと!」とは思えなかった。
頭が痛くなるほど考えた末、俺はアレスに交渉を持ちかけることにした。デザートドラゴンが勝ってしまった場合、俺たちでも倒せるほどに弱っていなければ詰む。
だったら、アレスに交渉を持ちかけるのが最善だと判断したのだ。さっき話した感じ、想像していたようなクズ傭兵ってわけじゃなさそうだし。
とは言え、今声をかけたら邪魔になる。
俺は魔力を練り上げながら、戦況を見守ることにした。
両者の膨大な魔力と闘志が吹き荒れる広間は、身を置くだけで精神を消耗する場所だ。いつあの攻撃が自分たちに向くかと思うと、気が気ではない。
シロとクロはまだ意識を失ったままだ。ヘルキマイラジャーキーでも鼻先に置いてやれば即座に目を覚ましそうだが、戦闘中はさすがに難しい。
ただ、ジリジリしながら機会をうかがっていると、チャンスが訪れた。
「うおおおおぉぉぉ! 聖光封神剣!」
「グルアアアア!」
アレスが仰々しい技名とともに剣を振り下ろすと、デザートドラゴンが光るドームに包まれる。どうやら、相手の動きを封じる魔法であるらしい。
デザートドラゴンは痙攣するかのようにその黒い巨体を震わせているが、その場を動くことができないのだ。
追撃のチャンスに思えるが、アレスも動かない。いや、動けないようだ。
片膝を突いて、肩で息をしている。黒い魔力を纏うデザートドラゴンを抑え込むために、かなり魔力を消耗したらしい。
俺はそんなアレスに近寄ると、聖魔法を発動した。
「援護します」
「……助かる」
よし! 何を考えているか分からんが、恩を売る作戦成功だ! 殺気を向けられたりもしないし!
立ち上がったアレスは、再び剣を振り上げる。その鋼の刃に、魔力が絡みついていった。
アレスが溜めて放つ大技となれば、かなりの威力だろう。決着が近づいている。ここしかない。ここで言質を取るんだ。
「……俺が悪いんです」
「?」
「竜の素材を盗んだのは俺です。シロとクロは関係ありません。迷宮の恩恵を授かる時に貴方の仲間の蘇生を願います。だから、シロとクロは見逃してもらえませんか?」
「君は……」
アレスが顔を顰める。怒っているか? やはり、交渉できる相手じゃなかった?
青年の表情は、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。複雑な表情だ。
「あの――」
俺がさらに言葉を口に出そうとしたその瞬間、それが出現したのだ。
「トール、こっちにきなさい」
「ああ、トール……」
「は?」
目の前に、いきなり人影が現れた。しかも、俺の名前を呼んでいる。それは、何故か透明感抜群の笑顔で俺を見つめる、今生の両親であった。
「酷いことをして済まなかった……」
「ごめんなさい……」
父親も母親も、気持ち悪いほどに殊勝な雰囲気だ。
普通の子供だったら、戦闘意欲を削がれるのかもしれない。固まってしまったり、泣き出してしまう子供もいるかもしれない。
「トール」
「トール」
だが、俺には効かない。
正直、ちょっと驚いたけどそれだけだな。中身は大人ってこともあるが、この2人に愛情とか欠片もないし。むしろ、軽蔑しているほどなのだ。
「俺たちの言うことを聞くんだ」
「そうしたら、あなたたちの命は助けてあげる」
「あの青年を攻撃するんだ」
「さあ、私たちの言うことを聞いて」
仲間割れさせるための幻覚ね。コレを今更出されてもなぁ。いや、もしかして親の霊魂的なものの可能性も? だとしても、攻撃するのに躊躇しないが。
俺は両親の幻影を無視して周囲を見てみると、シロとクロの前には見慣れぬ男女の姿がある。あれが、シロとクロの両親なのか?
幻影に呼びかけられて2人は意識を取り戻したようだが、その顔にはキョトンとした表情を浮かべている。
どうやら、両親の記憶がないようだ。誰か分からず、首を捻っている。俺と同じように、アレスを攻撃しろと言われているが――。
「そんな卑怯な真似、しないです!」
「ひきょーものにはならない」
そう言い返す。
「家族の言うことを聞きなさい」
「そうよ、私の愛しい子」
「シロの家族はトールとクロだけです!」
「そーだそーだ。クロもシロとトールだけでいい」
そう言って2人は、両親と思われる相手を武器で攻撃した。微塵の躊躇もなく、顔面狙いである。すると、あっさりと幻影は破壊され、消え去ってしまう。
「勝利です!」
「しょーり」
それを見て、シロもクロも満足げであった。
対してアレスの前には2人の女性が現れていた。どちらもアレスと同年代の美少女だ。その幻影を見て、アレスは完全に動きを止めてしまっている。
「マリカ……ヒメナ……」
「なんで私たちを守ってくれなかったの?」
「なんであなただけ生き残っているの?」
「ごめんよ……」
「許さないわ」
「あの子供たちのこと怒っていたけど、結局一番悪いのはあなたでしょう?」
なんか、メッチャ責められているな。薄群青色の髪の清楚な感じの少女と、桜色の髪の快活そうなツインテ少女だ。
あれが、天竜戦で死んだっていうアレスの仲間なんだろう。名前はマリカとヒメナ? 日本風の名前だけど、外見は完全に異世界人だ。
問題は、アレスが完全に術中に嵌まってしまっているということである。多分、幻影を見て精神的に衝撃を受けると、深く術に嵌まってしまうんだろう。
アレスは焦点の合わない目で、ボーッとしてしまっている。
「アレス、私たちを生き返らせたいのでしょう? だったら、あの子供たちを殺して」
「そうよ。私たちの命か、あの子供たちの命か。選んで」
「どっちか……選ぶ……」
あれは、マズいんじゃないか? もし、アレスが俺たちを攻撃してきたら……?
「選ぶ……?」
アレスの顔がゆっくりとこちらを向いた。相変わらずの焦点の合わない目だ。だが、そこには異様な力が籠っているように見える。
「さあ、アレス。あの子たちを殺すの」
「そして、私たちを生き返らせて」
「……あぁ」
マズい! 俺は咄嗟にシロとクロに駆け寄り、抱き寄せた。そのまま、アレスの出方をうかがう。シロとクロもアレスの異様な雰囲気を感じ取り、身動きもせずに息を殺している。
最悪、アレスとドラゴン、両方と殺し合いだ。そんなの――。
「マリカとヒメナを生き返らせるには、あの子たちを殺さないといけない……?」
焦る俺の前で、アレスは疑問を口にする。動こうとはしない。
「なぜ?」
「それが迷宮の理だからよ」
「どちらかしか選べないの」
「だから、なぜ?」
アレスはこちらを見ているが、動き出す気配はなかった。
「確かに、マリカもヒメナも大事だ」
「だったら――」
「でも! あの子たちも殺せない! また、あの人の命を僕が奪うだなんて、あっちゃいけない」
「私たちよりも、あの子が大事なの?」
「そういうことじゃ、ないんだ」
いつの間にか、アレスの目に光が戻っている。今幻影と話しているアレスは、明らかに正気だった。
「思い出したんだよ。あの人のように生きるっていう、誓いを。それに、僕は勇者だ。勇者はこんな時に、どちらかを選ぶか? そうじゃないだろ?」
あの人? 勇者? というか、勇者だったのか! いや。自称勇者? それとも、こっちの世界にはマジ物の勇者がいるのか?
「どちらかを選べ? いや、僕はどっちも選ぶ! 2人は生き返らせるし、彼らは殺さない!」
二者択一ではなく、どっちも選ぶ。ある意味傲慢な、しかし物語の勇者っぽい選択だ。
アレスがその覚悟を言葉にした瞬間、彼の全身から紫色の光が勢いよく立ち上った。勇者と言って想像するような清廉な色ではなく、どこか禍々しさを感じさせる紫黒の魔力光。
だが、力強い。
「僕は、勇者アレスだ! 救える者は、全部救う!」
どこか気弱げに見えた黒髪の青年の背中は、驚くほど大きく見えた。




