93話 食欲
肉をドンドンと投げ放ち、デザートドラゴンの注意を引く。高位の魔獣ほど魔力の濃い餌を好むことは分かっているので、ヘルキマイラとデッドリーホーンの肉を優先的に使っている。
非常に勿体ないが、時間を稼ぐためだ。
その間、俺たちはできるだけドラゴンの注意を引かぬように、魔力を練り上げる。ただ、俺はちょっと難しい。やはり、保存庫を何度も発動するせいで、集中が乱れてしまうのだ。
シロとクロも魔法を詠唱しているが、中位魔法でどこまで通じるか……。
「ガアア!」
にしても、随分と美味そうに食うよな。
短時間で魔力を大量に使ったせいか、腹が減ってきた。そのせいで、肉が妙に美味しそうに思えてくる。
目を細めて、あえてゆっくり咀嚼しているようにさえ見えるのだ。
「ガオォォ!」
デッドリーホーンのモモは、後でからあげにしようと思ってたのに! あのじゅんわり肉は絶対にからあげに合うのに!
「ガァ!」
あー、ヘルキマイラのハツは、串焼きにしたら絶対に美味しいんだよなぁ!
俺たちの肉をバクバク食いやがって……! それに、あれだけで大金貨何枚分になるか!
「にゃぅ……」
「わぅ……」
シロとクロは、涙目になるほど悔しがっている。目の前で超美味い肉を食いまくられて、感情がグチャグチャなんだろう。
分かるぞ! その気持ち!
「シロ、クロ。泣くな」
「だってぇ……」
「にくー……」
「いいか? こいつぶっ倒せば、もっと美味いドラゴン肉が手に入るんだ。それを腹いっぱい食えばいい」
「!」
「!」
2人が目を見開いて驚いた。そして、即座に熱い視線をドラゴンに送り始める。天竜肉の美味しさを思い出したんだろう。
あれよりは格下とは言え、ドラゴンなのだ。きっとこいつの肉も美味いはずだった。
「なるほどです」
「ドラゴンにく」
「じゅるり」
「じゅるー」
「ガゥ?」
あー、マジで腹減ったなぁ。
シロとクロも腹を押さえて、ドラゴンの腹や足を見つめる。きっと、味を想像しているんだろう。
そのお陰なのか、魔力が急激に膨れ上がり始めた。空腹のせいで乱れがちだった集中力が、一気に高まったのかもしれない。
「ガ、ガァ……」
なんだ、デザートドラゴンが急にそわそわとし出したぞ?
こっちを見て、何故だか困り顔だ。その状態でも、肉をモグモグとしているが。というか、こうしてみると、巨大な肉の塊にしか思えなくなって――。
「ガ……」
デザートドラゴンが、後退りをし始めた。怯えたようにも見えるが、何がどうしたんだ? そのまま後退し続けたドラゴンは、遂には壁に尾をぶつけてしまう。
それでも後退をやめようとはせず、その体を壁に押しつけ、少しでも俺たちから距離を取ろうとしているように見えた。
まあ、いい。
攻撃してこないなら、魔法をしっかりと詠唱できる。
「俺たちの、糧になれ」
「ガォ……」
竜の鱗すら燃やしてしまうという上位魔法、黒炎殲滅陣。竜肉の調理に使うことができる、高火力の上位魔法だ。
この厨二病チックな名前の魔法で、逆鱗ごと喉を燃やし尽くしてやる!
「――全て一切を灰燼に帰せ。地獄の黒炎よ!」
だが、俺が魔法の詠唱を終える直前、部屋に異変が起きていた。
『情けない。何という体たらく。これでは糧にも試練にもならぬ』
急に、女性の声が聞こえてきたのだ。
どこからかは分からない。部屋全体から聞こえているというか、音量は大きいのに不思議と煩くはなかった。
背筋が凍り付くような声に、聞き覚えがある。迷宮の悪意の声だ。間違いない。やつは、生きていたら迷宮の奥で会おうと言っていた。つまり、ここは最奥で間違いないのか?
『誇り高き竜族が、怯え逃げようとするとは。なれば、力を与えよう』
「ガァァァ――」
その直後、デザートドラゴンが凍り付いたかのようにその動きを止める。息すらしていないかのように、固まってピクリとも動かない。
様子見をした方がいいのかもしれないが、もう魔法を止めることができない。俺はそのまま黒炎殲滅陣を発動させた。
デザートドラゴンの顔の下に複雑な魔法陣が生み出され、そこから黒い炎が噴き上がる。一見すると黒炎陣に似ているが、その威力や熱量は桁違いだった。しかも、範囲を絞って火力を上昇させている。
完全に頭部に直撃した。弱点の逆鱗も、燃え尽き――。
「……黒い、魔力?」
勝利を確信する俺の前で、最悪の現象が起きていた。黒い炎がデザートドラゴンを呑み込んだと思った直後、やつの全身を黒い魔力が覆ったのだ。
そして、俺の魔法が吹き散らされ、漆黒の竜が平然と立っていた。
黒い魔力――もう何度も遭遇し、アレのヤバさは分かっている。正体は分からないが、黒い魔力に目覚めた者は凄まじい力を得て、暴走するのだ。
『さあ、これが最後の試練! 抗い、乗り越えて見せよ! できぬ時は、我らが贄として喰らってくれようぞ!』
「グォォォォ……ガアアァァァァ!」
開幕で俺たちが抵抗してみせた、咆哮だ。ただ、今度は同じとはいかなかった。
「にゃぅ……」
「わう……」
全身が竦み上がるような感覚と共に、硬直してしまう。
「く、そ……」
「グルルルル」
動けなくなった俺たちを、血のように赤い竜の瞳が睨みつけていた。




