92話 デザートドラゴンと赤い魔力
デザートブレスによって、床と壁が広範囲に抉られている。ブレスの勢いで激しく吹き付ける砂によって、削られたのだろう。
人の身であれを食らったら、骨も残さず消滅するかもしれない。赤い魔力を立ち昇らせた逆鱗状態は、攻撃力が増すようだった。
凄まじい破壊力を見せつけたデザートドラゴンが、周囲を見回している。ようやく、自身のブレスがクロを捉えていないことに気付いたらしい。
その間に、俺たちの魔法が発動した。
「なんとか動きを封じて、上位魔法を使う時間を稼ぐ!」
「にゃ!」
「わう」
最初に、シロの魔法が炸裂した。攻撃力は皆無の、閃光魔法である。光の球が強烈な光を放ち、消えるだけの術だった。
普通の相手なら、直視してしまえばしばらく視界を潰せるだろう。だが、ドラゴンは目まで強靭だったらしい。瞼が堅いだけではなく、強い光を見ても平然としているのだ。
明らかに、目を瞑る暇はなかったし、僅かなりとも光を見たはずなんだがな。
「ならこれ」
クロの使った魔法は、闇縛の術。影から生み出された触手が相手に絡まり、束縛する術だった。数本の黒い触手がドラゴンの四肢に巻き付いている。
「グルルゥゥ!」
「ダメだったー」
クロは相当魔力を込めたはずだが、ドラゴンは一瞬で触手を振りほどいてしまった。やはり、物理的なパワーも相当なものなのだろう。
「ならこれだ!」
俺が使ったのは、水の複合魔法だ。
基本は水球の術である。ただ、そこに使う水を、違う魔法で生み出した。
水結界という、魔力を反射し、内外の魔力が混じらないようにする術がある。これで覆わないと、魔力が逃げてしまう素材があるらしい。
水球と水結界を併せ、魔力を反射する効果のある水球を生み出したってわけだ。その水球をぶつける――訳ではなく、俺はその出現地点を工夫してみた。
「ガボ……!」
デザートドラゴンの頭部を覆うように、水球を生み出してやったのだ。
ドラゴンだって呼吸が必要なはずだ。これで、少しでも焦ってくれれば――。
「ズズズ……ゴクン」
一瞬で飲み込まれた! そ、そりゃあ、ドラゴンだったらあれくらいの水簡単に飲めるか。
デザートドラゴンに飲まれた水を利用して体内から攻撃しようとしたが、それは無理だった。やつの魔力が強すぎて、俺の魔力が弾かれてしまうのだ。
「ガオ」
心なしか満足げな顔しやがって! ちょっと美味しかったのか?
ただ、少しだけ赤い魔力が弱まった気がする。これ、もしかして美味しい水を飲んで、怒りがちょっとだけ弱まったからか?
実は、あの魔力について俺には心当りがある。まあ、俺が最近操れるようになった赤い魔力なんだが。あれと、同種の存在なんじゃなかろうか?
竜が逆鱗を刺激された時に出す魔力。俺が初めてあの魔力に目覚めたのも、アレスとの戦いで激怒した時だった。
ジオス戦でも、怒りがあの魔力が自然と湧き上がるトリガーになったように思う。
自然と、自身の喉を撫でる。包帯の上からでも分かる、つるっとした不思議な物体。逆鱗の下にはこれがあって、魔力を操るための重要な器官になっているんじゃなかろうか?
だとしたら、怒りを鎮めれば魔力も治まる?
「ガアアア!」
「にゃっ!」
「シロ!」
シロが背後から攻撃を加えようと回り込んだんだが、完全にバレていたらしい。長い尻尾が鞭のようにしなり、シロに襲い掛かっていた。
シロが大きく跳ぶが、凄まじい速度の尻尾を回避しきれない。
直撃する! そう思った瞬間、シロがおかしな挙動をした。まるで見えない拳に殴られたかのように、背後にぶっ飛んだのだ。そのお陰で、デザートドラゴンの尾をギリギリ回避できたらしい。
アレは、以前練習しているのを見たことがある。風魔法で自分を殴って、強制的に加速したのだ。ああいう、緊急離脱にも使えるのか!
背後の壁に思い切り激突するのが見えたが、竜の尾の直撃よりはマシだろう。シロは顔を歪めてはいるが、すぐに動き出せている。
「シロ、大丈夫か!」
「もう痛くないです!」
ジオス戦でも見せた異常な治癒力は、まだ健在であるようだ。頬の傷があっという間に再生するのが見えた。あれなら、本当に大丈夫なんだろう。
ただ、全く時間稼ぎができていない。動き回りながら上位魔法を準備するのは、今の俺では非常に難易度が高いのだ。
一度足を止めて、魔力を練り上げる方がいいか?
いや、待てよ? 水を美味しく感じるってんなら、これはどうだ? 俺はやれることは全部やるつもりで、次の行動に出た。保存庫から肉を取り出し、デザートドラゴンの眼前に放り投げる。
あとでスペアリブでも作ろうかと思っていた、魔獣のアバラ肉の部分だ。
水が美味かったんだろ? だったら、ヘルキマイラの肉はどうだ? これだって美味しいはずだ!
「ガオ?」
スンスンと肉の臭いを嗅ぐドラゴン。先が2つに割れた舌をチロチロと動かし、肉を舐めるように確かめている。
そうして毒がないことが分かったのだろう。アバラ肉をパクリと咥えると、ボリボリと噛み砕き始めた。
食欲にかなり素直な性格をしているらしい。そして、目に見えて赤い魔力が薄くなっていた。
じゃあ、こいつはどうだ? 次いで放り投げたのは、デッドリーホーンの腿肉だ。まだ俺たちも食べていない、最高級肉だぞ?
「ガア!」
よし食いついた! このまま時間稼ぎできそうだぞ!
「……わう」
「……にゃ」
そんな切なそうな顔すんな! 勝利の方が重要だろ!




