90話 竜と女神像
安全地帯で休憩すること約5時間。ジオスやミレーネが追いかけてくる可能性を考えていたんだが、彼らが姿を現すことはなかった。
まあ、あの2人は水晶持ってないからなぁ。
やはり、俺たちだけでこの先へと進まねばならないらしい。1度の探索で利用時間が決まっている安全地帯は、無駄に使い過ぎないようにしたいし。
カロリナは大丈夫だろうか? ミレーネが見ていてくれると思うが、竜の魔力の反動が心配だ。
「そろそろ行くか」
「いくです!」
「未知のりょーいき!」
「にゃにゃー!」
「わう!」
シロとクロはメチャクチャやる気満々だ。クロは尻尾ブンブン、シロは明らかにウズウズしている。
「げ、元気だな」
「先へ進めたです!」
「攻略どんどん」
目に見えて進捗があったことが、嬉しいらしい。この、前だけ見ている感じ、俺も見習いたいぜ。
「あっちは、どう見ても広い部屋なんだよな」
安全地帯から出るための出入り口は1つだけ。そして、その通路を10メートルほど進んだ先には大きな部屋があるようだった。
こちら側から魔獣の姿は見えないし、気配や匂いもない。だが、絶対にただの部屋じゃなさそうなのだ。
「シロ、クロ、どうだ?」
「やっぱ魔力感じないです」
「変な匂いもなーし」
「そうか……」
俺も魔力を感知してみたが、何も感じられなかった。ボス部屋だと思うんだが……。
「いくか」
「にゃ!」
「わう」
石造りの通路をゆっくりと進む。俺たちにとっての初期エリアである、下水道から続く建造物エリアとそっくりだった。
先に進めたと思ったのに、まさか戻ったってことはないよな?
疑問に思いながら通路を抜けると、その先はやはり広いホールになっていた。ヘルキマイラと戦ったあの広間よりも、さらに広く天井も高いだろう。魔獣の姿はない。
そして、正面のやや高くなった場所に、女性の石像が置かれていた。天井近くに存在する祭壇のような場所から、この部屋を見下ろしている。
「え? あれって、もしかして……」
「女神様の像です!」
「おー」
迷宮最深部へ辿り着いた者へと恩恵を授けてくれるという、迷宮の女神像。あれが、本当にあの女神像なのか? え? じゃあ、ここが最深部?
そりゃあ、深層で苦労したけど、こんなあっさり――。
「呪いといてもらうです!」
「わふー」
「あ! 待て!」
迷宮では慎重にと言い聞かせてきたが、嬉し過ぎてすっかり頭から抜け落ちてしまったのだろう。気にしていないように振舞っていたが、呪いが怖くないはずがないのだ。
2人が女神像に向かって駆け出してしまった。それが引き金だったのだろう。
異変が起きていた。
部屋の中央に光り輝く大きな魔法陣が床に描き出され、2人の目の前に巨大な何かが一瞬で出現したのだ。
「オォォォォ!」
やっぱ、何もいないわけがないよな!
一瞬、安全地帯へと逃げ戻るかどうか悩む。しかし、それは無理だった。俺たちの背後にあったはずの通路が、消えてしまっていたのだ。
完全に閉じ込められた。ここは数多の命を喰らう迷宮。最後まで、気を抜いてはいけなかった。
「グルルルル……」
部屋の中央に現れたのは、大きな黄色い蜥蜴だった。ただ、普通の蜥蜴ではない。その全身は分厚い鱗に覆われ、頭には大きな角が生えている。
まるで翼のないドラゴンだ。いや、まるでというか、ドラゴンである。
デザートドラゴンと呼ばれる、翼のない地竜タイプのドラゴンなのだ。空は飛ばないが、砂を泳ぐように移動し、その鱗の色も相まって隠密能力も高いらしい。
砂漠で最も恐れられる魔獣の1つだった。当然、ブレス系の攻撃も持っているはずだ。
「グルルル……ガアォォォォォォオ!」
金色の瞳で俺たちを睨みつけながら、部屋全体が震えるような咆哮を上げる。魔力が籠ったこの咆哮は聞いた獲物を怯えさせ、動きを封じる効果があるらしい。
しかし、俺たちには効かなかった。
確かに、ドラゴンは恐ろしい。それに、この巨体を前に、一切の恐れを抱かぬなど不可能だろう。だが、それでも俺たちにとってこのドラゴンは絶望ではなかった。
「お、お前なんか恐くないです!」
「ジオスのほーがこわかった」
「そーです!」
迷宮で多くの敵と戦い、強者を見てきた俺たちにとって、デザートドラゴンの放つ威圧程度なら慣れたものだ。いや、慣れたは嘘だが、これ以上の威圧感を受けたことがあった。
俺たちが戦意を昂らせていることが理解できるのか、デザートドラゴンは憎々しげな表情をしている。
「よし! やるぞ!」
「シロが倒すです!」
「クロがどらごんきらー」
「相手はドラゴンだ、慎重にな!」
ドラゴンとしては細身の体を持ち、一見すると大きな蜥蜴に見間違われることも多い。しかし、その戦闘力は間違いなく高いはずだ。
ジオスや迷宮の悪意に比べれば弱いと言っても、間違いなく過去最強の上位魔獣だった。
「効くのは光と闇だ! シロとクロがぶちかませ! あと、ドラゴンの弱点は前に教えたことあるから、わかるな?」
「にゃにゃー!」
「わう!」
ドラゴンは魔力が高く、基本的にどの属性にも耐性があるらしい。ただ、光と闇に対しては比較的耐性が低いので、それらで攻撃するのがいいそうだ。
また、ドラゴンには明確な弱点がある。それが、喉にある逆鱗だ。一枚だけ逆についているというその鱗の下には、魔力を操るための重要な器官が存在しており、そこが弱点でもあった。
「まずは俺に引き付ける! おりゃぁ!」
「ガァァァァ!」
「よし! 嫌がってるな!」
水の針で、目を集中的に狙ってやったのだ。硬い瞼のせいで貫くことはできないが、かなり嫌がっている。これで、やつのヘイトは完全に俺に向いただろう。
「ほら! こいよ!」
「ガアアアアアアァ!」




