9話 毒鼠と山菜の卵スープ、穴蔵風
助けると決めた俺は、ゆっくりと獣人の少女たちへと近づいた。
俺が2人の前に片膝をつくと、より一層怯えた顔で体を震わせる。だが、もう首を動かすことさえ困難なようだった。
「いいか? 今から助けてやる。悪いようにはしない」
その言葉が理解できているのかいないのか、攻撃をしてこない俺を不思議そうな瞳で見上げている。
「俺は敵じゃない」
安心させるため、無理やり笑顔を作る。ぎこちないのは自覚しているが、やらないよりはましだろう。こっちの世界に転生して、ろくに笑ったことなんかなかったしな。
そして、2人の頭をそっと撫でた。敵ではないということを分かってもらうために。
数度、優しく撫でてやる。決してモフモフのケモミミ――モフミミを愛でたいからではない。
金髪の子は猫の獣人かな? 尻尾もシュッとしているし。銀髪の子の方は、犬系だろう。フサフサの尻尾が可愛いのだ。
獣人の子供たちから――まあ、今の俺よりは明らかに年上だが――怯える気配が僅かに減った気がする。
「解毒。もういっちょ解毒」
魔法の効果は劇的だ。青白かった2人の顔には微かな赤みが差し、ぴくぴくと震えていた体の痙攣が収まる。痛みも引いたようで、苦しげな表情が消えた。
今度は驚いているのが分かるな。
「あとは、殺菌、殺菌」
ついでに殺菌しておく。毒は消えたが、下水に棲むネズミにかぶりついて、どんな菌に感染していたかもわからないし。
「おい、歩けるか?」
「うにぁ」
「わうぅ」
2人は口を開く体力さえ残っていないようだった。これでは歩けるはずもなく。
仕方がない。俺は魔法で壁に穴をあけると、2人を住処に引き入れる。だが、俺よりもデカイ2人を担ぐのは苦労した。
重いし、重心も安定しない。さすがに引きずるのはまずいと思ったので、何とか背負い、1人ずつ部屋に移動させた。
「布団がないのは勘弁してくれ」
せめてもと3重に敷いた元テントのマットの上に、2人をそっと寝かしてやる。俺にできる精一杯だ。
もう大丈夫だという意味を込めて、子供たちの頭を再び軽く撫でる。ああ、モフミミがモッフモフやでー。ずっとこうして居たいが、2人の空腹をどうにかするためにも、何か料理を作らねば。
聖魔法で傷を癒すことはできても、空腹まではどうにもできないからな。
「よし、あのポイズンラットを使わせてもらうか」
食材知識のおかげで、ポイズンラットの肉を使えば体力が回復すると分かっている。まあ、ほんの僅かだが。
俺は、外に放置されていたポイズンラットを保存庫へと収納した。保存庫の機能で部位ごとに分別する。
毒肉、毛皮、毒血液、骨、魔石、その他。これだけで、血抜きも解体も一瞬で出来るのだから便利な魔法だ。さすがに、毒の除去などはできないようだが。
俺はポイズンラットの毒肉を取り出し、さっそく解毒の魔法をかける。赤紫の肉から刺激臭が消え、肉に柔らかさが増したのが分かる。毒素が肉質に影響を与えていたんだろう。
これで食用の肉になったのだ。毒の種類とかが分からずとも完全に除去できてしまうのだから、魔法はズルいね。ふぐ屋さんとか絶対欲しがるだろ。
次に鍋に水を張ると、解毒したポイズンラットの背骨を入れて火にかける。天竜肉と違い普通の炎でも調理が可能なので楽だ。
まずは加熱の術で大鍋を段階的に熱し、ゆっくりと沸騰させて出汁を取っていく。水が黄色がかってきたら骨を取り出し、野草を投入だ。
今日取ってきたばかりのカブノビルと、ミズナモドキ、シイタケモドキを加える。灰汁取りも忘れない。
「次はこいつだな」
カセナッツの実を地面に置くと、石で叩いて殻を割る。10個ほどを割り、取り出した実をフライパンに乗せた。それを焦がさないように慎重に炒っていく。ここでも加熱を使い調理工程を短縮だ。
ある程度火が通ったら粉々に砕き、出汁を取っていた鍋とは違う小鍋に入れて、魔法で生み出した水で煮る。ここに、砕いた魔石の粉末を僅かに加えた。
俺が作っているのは最下級ポーションだ。カセナッツ、水、魔力触媒、この3つを配合することで最下級のポーションが作れる。
カセナッツを使っているせいでこれも料理扱いになるんだから、神様も大雑把だ。まあ、助かってるからいいんだけどさ。
最後に、魔法で成分を濃縮して完成だ。10個ものカセナッツを使ったが、できる量は小さいコップ半分ほどの量だろう。これは、旨み調味料兼、回復の効果も見込めた。最下級ポーションなので、本当に僅かではあるが。
大鍋が良く煮えたら、ビネガーマッシュの酢を少し加える。
ここでネズミ肉を投入するのだが、フライパンでサイコロステーキのように焼いたものを使う。調理時間短縮と、風味を増すためだ。このネズミ肉、味はあまりよくないとあるので、せめて風味で勝負なのである。
肉を加えてさらに一煮立ちさせたら、鍋を回しながら溶き卵を流し入れた。
最後に、完成していたポーションと奮発した塩で味を調えて完成である。
〈『毒鼠と山菜の卵スープ、穴蔵風』、魔法効果:生命力回復・微、体力回復・微、生命力強化・微が完成しました〉
所々で魔法を使って時間を短縮したため、調理を始めて僅か10分で完成した。
毒鼠の肉が見慣れない赤紫だが、思ったよりも毒々しくはない。美味そうな匂いのせいだろうか?
味見してみると、まあまあ美味しい。ネズミ出汁が効いているのだ。
牛骨スープのようなあっさりとした旨みと、溶き入れた卵の相性も良く、最下級ポーションの甘みもあって中華スープにも似ている。
滋養強壮には良さそうだった。
だが、獣人の子供たちは自分でスープを飲めそうもない。とりあえず、金髪の子供を助け起こすと、お椀によそったスープを飲ませてやる。
「ほら、食べられるか?」
「うにゅ……」
肉は入れず、最初は汁だけだ。
最初はやや警戒していたようだったが、口元に持って行ったスプーンの匂いをスンスンと嗅ぐと、啄むようにスープを口に含んだ。
美味しかったのだろう。子供は泣きそうな顔で笑った。その笑顔に、グッと来てしまう。
思わずギュッと抱きしめてやりたくなるが、堪えた。だって、事案じゃろ? 代わりに、もう大丈夫だという意味を込めて頭を撫でるだけに留めた。
そのまま、10回ほどスプーンでスープを飲ませてやる。次は銀髪の子供だ。先程から、羨ましそうな顔で、こっちを見ていたからね。
こちらの子も抱き起してやり、スープを飲ませる。相方が美味しそうに飲んでいたせいだろう、最初から警戒心なくスープを啜っていた。
交互に数回ずつ飲ませ続け、お椀1杯分のスープがなくなった頃。2人の体調に変化が表れていた。
さすが、魔法料理人が作った魔法効果付き料理だ。
もう、俺が支えてやらなくても体を起こすことができている。さらに、スープを注いだお椀を手渡してやれば、自力で飲むことができていた。
お椀に直接口をつけるいわゆる犬食いというやつだが、今は仕方ないだろう。
「もう大丈夫か」
安堵する俺の前で、子供たちはスープを凄まじい速度で飲み干す。そして、期待を込めた瞳で、俺を見上げた。
一言も発していないのに、その瞳は2人の気持ちを雄弁に物語る。
「分かったよ。でも、飲み過ぎは良くないから、もう1杯だけな。その代わり、肉を入れてやるから」
「にゃ!」
「わう!」
その言葉に、2人は本当に嬉しそうな顔でコクコクと頷いた。
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