89話 安全地帯
見知らぬ部屋に強制転移させられた俺たちは、その先で驚くべき場所を発見していた。罠などに注意しながら恐る恐る進んだ通路の先に、その部屋があったのだ。
「て、庭園……?」
明らかに手入れされたとしか思えない、レンガ造りの花壇と、綺麗な水が流れる水路が整備された庭である。花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、ベンチっぽいものまで存在している。
「なんだここ」
「果物なってるです!」
「水もあるー」
庭に植えられた木々には実が鈴なりになった果樹が混じり、中央には美しい水が湧き出る噴水まで置かれていたのだ。
場違いなほどに美しいその庭園を見て、俺はある情報を思い出す。
「これって、安全地帯ってやつか……? そうだ、確か……!」
ガイランドやミレーネに教えてもらった迷宮の情報を基に、庭園を見回す。すると、俺たちが入ってきた入り口の脇に、目当ての物を発見した。
それは、半透明の不思議な砂時計だ。これがあるってことは、この庭園は魔獣が出現しない安全地帯ってやつで間違いないだろう。
この砂時計は見る者によって違っており、個別に時間が計算されているらしい。そして、全て流れ落ちると、転移によって強制的に安全地帯から追い出されるそうだ。
安全地帯を使用可能な時間の目安ってことなのだろう。
まあ、俺たちは全員で同時に入ったから、ほぼ同じ砂量の幻影が見えているだろうけど。
安全地帯は迷宮によってある場合とない場合もあるうえ、最深部手前に出現する迷宮もあれば、中間地点に存在する迷宮もあるらしい。
ただ、どの迷宮であっても最大で24時間利用できるというのに違いはなく、多くの傭兵がここで身を休めるそうだ。
まあ、大規模傭兵団による独占や、ここを利用した初心者狩りなども存在するらしいので、絶対安全とは言い難いらしいが。
今回は俺たちしかいないので、間違いなく安全である。
「警戒は続けるけど、たぶん安全な場所だ」
「じゃあ、ご飯食べるです!」
「ごはんたべーる」
「分かった分かった」
戦場から急に安全な場所へと跳ばされて、一気に気が緩んだんだろう。シロとクロはヘニャリとした顔で食事にしようと訴えた。
ミレーネと一緒にちゃんとした食事をとったし、言うほど空腹が限界ってわけじゃないと思うんだけどな。多分、迷宮では食べられる時に食べると言い聞かせてきたことが、クセになってしまったんだろう。
まあ、デッドリーホーンに止めを刺すときにも結構な魔力を使ったし、移動中はカロリナに聖魔法を使い続けてもいたしな。俺も多少腹は減っている。
「じゃあ、飯にするか」
「にゃう!」
「わふー」
とはいえ、せっかく安全地帯にいるのだからストックの料理を消費せず、料理を作っておきたい。むしろここで料理を作って、ストックを増やしたいくらいなのだ。
「デッドリーホーンの肉を使ってみるか。犀肉ってどんな感じの味かね」
「おー、あのデッカイの食べるです?」
「たのしみー」
「作ってる間、フルーツもいできてくれ。いろんな種類あるみたいだし」
「わかったです!」
「りょーかい」
あの気合の入りようなら、大量にもいできてくれるだろう。
「探検するです!」
「お宝探すー」
「一応、警戒しながら行けよー?」
「にゃ!」
「わう」
ミレーネたちには迷宮で唯一安全な場所だとは言われている。過去に様々な迷宮があったが、魔獣や罠で命を落としたという話は聞かないらしい。
人を襲って魔獣の仕業にした奴がいたそうだが、なんと迷宮によって捕らえられ、入り口に縛った状態で放り出されていたそうだ。本当かどうかは分からんが、安全地帯はそういうものだというのがこの世界の常識であるのだろう。
それから30分。
料理中の俺も、採取中のシロとクロも、特に襲われることもなく作業を無事に済ませていた。むしろ、適温に保たれた清浄で快適な空間に、迷宮侵入以来のリラックス状態だ。
「果物たくさんあったです!」
「これとかおいしそー」
「ほうほう? 確かにいろんな種類があるな」
林檎に似たメルム、桑の実っぽいナナルは見たことがある。それに加え、蜜柑に似たエグロ、まくわ瓜のような外見に味は梨のオーレム。ミニトマトにしか見えんけど、柿のような味わいのイガイと、種類が豊富だ。
これ、俺の知識ではどれも原産地や収穫地が違っており、同じ庭園で同時に生るなんてありえないんだがな……。さすが迷宮ってことか。
「あと、魚もいたです!」
「でかざかなー。クロがとった!」
「にゃー、負けたです!」
果物に加え、噴水には数匹の淡水魚が泳いでいたらしい。ヒゲが体くらいある真っ青なコイ? そんな感じの姿だ。本来は泥抜きが必要なはずだが、綺麗な水の中にいたのならすぐ食べられるだろう。
収穫物もパパッと解毒と処理をしていく。毒は入っていないとは思うが、念のためにね。
「じゃ、いただきまーす」
「「いただきます」」
まずはデッドリーホーンのステーキだ。噛むと肉汁がジュワーッと溢れ出る。超美味いササミって感じ! だが、かなり硬い。
俺は4歳児だが、竜の力で身体能力は多少上昇している。それでも固く感じるんだから、相当なものだろう。普通の人間の子供じゃ、食えないかもしれない。しかし、シロとクロは大興奮だった。
「うまうまうまーです!」
「うーまーいー」
肉食獣の獣人である2人には、ちょうどいい硬さであるらしい。狼と虎だもんな。
魚も相当美味しい。揚げても焼いても煮てもいいだろう。
だが、今回一番の驚きは果実類だ。これが驚くほどに甘かった。品種改良した地球産のフルーツのような味わいだったのだ。
メルムも、全く味が違う。以前に迷宮でゲットしたメルムは、味が薄いバナナのような味だったが、こっちは濃縮バナナジュースみたいな甘さがあるのだ。
そりゃあ、制限時間付けるわ。制限時間なかったら、ここに住み着くやつ出そうだもん。それくらい美味しかった。
「美味しかったですー」
「まんぷくー」
さっきまで俺たちだけで飛ばされてどうしようって焦ってたけど、シロとクロの気が抜けた寝顔を見たら全部どうでもよくなったな。もう、ここまできたら、なるようにしかならんだろう。
「俺も、ちょっと寝ようかな」




