87話 黒水晶
ミレーネとの食事の後、再び脱出の転移陣を探して歩き出す。かなり焦ってきているのが自覚できた。
腹は満たされたが、疲労も消耗も蓄積し、カロリナは未だに目を覚まさない。そして、いつあの化け物と化した領主が追ってくるかも分からないのだ。
だが、ミレーネは落ち着いた様子である。俺たちを心配させないよう、冷静を装っているのかと思ったが、そうではないようだ。それどころか、笑顔さえ見える。
俺が不思議そうな顔で見ているのに気付いたのか、ミレーネが苦笑いを浮かべた。
「ごめんなさい。あなたたちにとっては、最悪の状況ですものね。ただ、私はどうしても嬉しくて……」
「嬉しい?」
「ええ。あの方が、立ち直ってくれたことが嬉しいの」
あの方というのは、騎士ジオスのことだろう。ミレーネは、俺が何か言う前に語り出す。
「ジオス様は、かつて剣聖と呼ばれたほどの騎士でした。その強さは周辺国に鳴り響き、戦では百戦百勝。ジオス様がいれば負けはなく、一騎打ちで打ち取られた勇士は100人を超えるでしょう」
よほどジオスを尊敬しているのか、ミレーネの語りは止まらなかった。たった数分で、ジオスについてかなり詳しくなった自信がある。
要は、メチャクチャ強くて有名な騎士だったが、敵国の罠によって領地を落とされてしまった。そして、その時に最愛の娘さんを亡くしてしまったってことらしい。
しかも、ジオスの名声に嫉妬していた国王に敗戦の責任を押し付けられ、失脚してしまったという。で、そこからはやる気も責任感もなくした男の、転落人生って感じだった。
酒や薬に溺れることができればむしろ楽だったのかもしれないが、最強クラスの肉体を持つジオスは、酒でも薬でも酔うことができなかったっぽいな。
王都を追い出された後は、放浪しながらその日暮らしだ。傭兵の真似事をしながら、ただ生きた。ミレーネたち元部下が仕官先を探したようだが、国王に疎まれた人間を家臣にする貴族などいない。
いたとしても、碌な相手ではないのだ。例えば、この町の領主であるホルム子爵のような。
多くの元部下が彼の下を離れ、ジオスは相変わらず生ける屍。このままホルム子爵の道具として無気力に生を終えるのか? ミレーネが歯噛みしていた時、今回の事件が起きたのである。
俺たちにとっては窮地でも、ミレーネにとっては敬愛するジオスの復活劇であったというわけだった。
彼女の顔には不安の欠片も感じられない。ジオスのことが心配ではないのだろうか?
「ジオス様は負けませんよ。立ち直ったあの方は、最強ですから!」
ミレーネはジオスの強さを心の底から信じているのだろう。だから、相手がどんな化け物であろうとも、不安にならないのだ。
すると、逆にミレーネから質問が飛んでくる。
「ホルム子爵はジオス様が倒します。君たちへの手配も、私たちが責任を持って解きましょう。そうしたら、もう迷宮に潜む必要はなくなりますよね? 今後のあてはあるのですか?」
「いや、俺たちは迷宮の攻略はやめません」
「なぜですか? その、お金に関してなら、力になりますよ?」
これが童話とかなら、優しい大人に保護されてめでたしめでたしってところだろう。しかし、俺たちにそのエンディングは訪れない。
「これを見てください」
俺は服の襟を広げ、胸元をミレーネに見せる。
「それは……。え? もしかして、迷宮の呪いですか?」
「はい」
「そんな……!」
ミレーネも、胸に刻まれた黒い模様の意味を知っていたらしい。驚愕の表情で、胸元を見つめていた。
「だから、迷宮に……」
「はい。例え領主に追われなくなったとしても、俺たちは迷宮に潜り続けなくちゃなりません」
「……期日まで、余裕はあるのですか?」
「まだ数ヶ月は」
「そうですか」
ミレーネは少しほっとした様子である。そして深く考え込んでいる。
きっと、俺たちへの手助けの方法を考えてくれているんだろう。彼女がかなりのお人好しだってことは、この短時間でよく分かったからな。
ただ、彼女とジオスは圧倒的な実力者だ。手伝ってもらえたら、迷宮の攻略は恐ろしいほど楽になるだろう。
期待しても、いいのだろうか?
そうやって話をしながらも歩き続ける俺たちだったが、ミレーネが不意に足を止めた。そのまま、何もない地面を見つめている。
「これは……土操」
ミレーネが急に穴を掘ったかと思うと、なんと宝箱が姿を現したではないか。
「地中からの奇襲を警戒して、音響の術を使っていたのですが、思わぬ収穫ですね」
ソナー的な魔法で、地中を調べていたらしい。
「宝箱です!」
「みおぼえあり」
それは、トータス・トレントの背に埋まっていた、金属製の宝箱にそっくりだった。罠の有無を確認するが、魔力は感じられない。シロも同じであるようだ。
ミレーネは俺たちを下がらせると、水の魔法を鞭のように延ばす。その水鞭を蓋に巻き付かせると、今度は凍り付かせたではないか。それを引けば、遠距離から宝箱を開けることができた。面白い方法だ。
特に罠が発動するようなこともなく、蓋が静かに開く。そして、中にはまた水晶が入っていた。今度は黒い水晶だ。
「水晶、ですか?」
「いろんな色あるです! 白い骨倒してもらえる赤い奴とか!」
シロがあっさりバラしたな。まあ、別にいいけど。迷宮の恩恵は人数制限があるわけではないらしいし。
これで、トータス・トレントの宝箱から手に入れた緑水晶、メタルゴーレムから手に入れた青水晶に加え、3つ目の水晶である。どう考えても迷宮の攻略に必要なアイテムだろう。
「これ――うわっ!」
「黒い柱です!」
「りょーしゅの魔力ー?」
水晶を調べていると、凄まじい魔力が放たれた。シロとクロが言う通り、領主の魔力と思われる黒い光が柱のように立ち昇っている。
もしかして、ジオスと領主の戦いに決着が? あの騎士が、勝利したのだろうか?




