85話 虎と狼
道中の魔獣を女性――ミレーネとシロとクロが処理してくれるため、俺はカロリナの運搬だけに集中できた。
できるだけ振動を与えないように気を付けながら、聖魔法を使い続ける。正直、もう魔力がかなりつらいが、泣き言なんて口にしていられないのだ。
心配なのは、カロリナの体内で渦巻いていた天竜の魔力が大幅に減ってしまったことだろう。領主に吸収されてしまったのだ。
いま彼女の体内を巡る竜の魔力は、最初の半分以下である。
そのまま、魔獣の群を避けつつ深層を走り続けること1時間。俺たちはようやく足を止めて、休息をとっていた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか。ポーションはもうないので、聖魔法は助かります」
俺たちを庇って深手を負ったミレーネに、聖魔法をかけていく。ハイドニードルという、隠密能力の高い棘だらけの魔獣に奇襲されたのだ。
一見すると動き回るウニのような姿だったが、速度も硬さも上位の魔獣だった。背中と腕に突進されたミレーネは、かなりの血を流しただろう。
まあ、その姿を見たおかげで、シロもクロも彼女を警戒しなくなったが。守ってくれる相手だと信用したらしい。
「ただ、聖魔法は希少です。できるだけ秘匿しなさい。教会や貴族、傭兵と、狙う相手はいくらでもいますから」
「はい。ありがとうございます」
俺としても、ミレーネは信用している。俺の人物鑑定眼なんて信用できないが、シロとクロの感覚は信用しているのだ。それに、明らかなお人好しというか、いい人オーラがにじみ出ているし。
道中も、カロリナに対して罪悪感を滲ませていた。自分たちが知っていれば、拷問なんてさせなかったと憤りも見せていたのだ。演技には見えなかった。
「シロ、クロ、これ食べておけ」
「にゃ! ジャーキーです!」
「うまうまー」
「あなたも」
「いただきます」
保管庫に関しては、悩んだがもう明かしている。食事を取り出すにしても、倒した魔獣を仕舞うにしても、コッソリなんて無理だし。
ジャーキーで空腹を誤魔化している間に、食事をする場所を整える。もう保管庫がバレているから、自重はしない。
焼肉にスープにサラダやジュースと、迷宮の中だと忘れるくらいの豪華な食事を提供だ。ミレーネが特に気になったのは、スープであるらしい。
「これ、美味しいですね!」
目を輝かせながら、肉をモグモグしている。それを見て、シロとクロが何故かドヤ顔だ。
「トールのご飯は最高です!」
「しこーのりょーり」
「確かに、これほど美味しいスープ、地上でもお目にかかったことがありません。いったい、何の肉でしょう?」
「ヘルキマイラですよ」
「……は?」
「迷宮で倒したヘルキマイラの肉を使ったスープです」
俺がそう告げると、ミレーネの目が点になった。やはり希少な肉なのだろう。だが、俺の認識はかなりズレていたらしい。
「へ、ヘルキマイラ! ええぇ? こ、これが伝説の?」
「伝説? ヘルキマイラって、そんな凄いんですか?」
「ええ! それはもう! 確か、大昔の勇者様がその味を絶賛したという話が残っていたはずです! そもそも、ヘルキマイラ自体が希少な魔獣なので、目撃情報すら稀なのですよ! 売りに出せばどれほどの値が付くか分かりません! この迷宮に出るなんて!」
俺たちからしたら魔法効果の高い美味しいお肉だが、外では希少で高価な素材という扱いであるらしかった。
「これ程たくさんのお肉が入っているなら、この1杯で金貨が必要になるかもしれません」
「え? 小金貨?」
たった1杯で? いやでも、A5ランクの和牛の希少部位が大量に入った豪華なスープだって考えたら、1万円とかしてもおかしくはないのか?
「大金貨ですよ!」
「いやいや! 冗談ですよね?」
「冗談じゃありません」
「マジ……?」
ミレーネは真面目な顔だ。大金貨は、俺の感覚だと10万円くらいの価値だったはず。1杯で10万って! ヘルキマイラの肉、まだたくさんあるんだけど……。
「肉以外の素材も、お高いんですか?」
「勿論です。肉ほどではありませんが、希少ですからね」
うわぁ。ヘルキマイラの素材、下手なところじゃ処分できないじゃん。出所探られるだろうし、奪われる恐れもある。俺の微妙な表情を見て、ミレーネが色々と察したらしい。
「……信用できる相手にしか教えてはダメですよ?」
「はい」
そうして食事をしながら、俺は気になっていたことをミレーネに質問してみることにした。
「領主は、シロとクロを捕まえて何をしようとしてたんですか?」
「私もさっき知ったのですが……あの男は、シロちゃんクロちゃんを生贄に捧げ、寿命を延ばすための儀式を行うつもりであったようです」
領主はこの国でも有名な高位魔法師であるらしく、その儀式の詳しい原理などはミレーネでも分からないらしい。ミレーネも実践派の魔法師としてはそれなりに有名だが、儀式や研究分野では領主が圧倒的に上位者なんだとか。
「すでに迷宮の恩恵で何度も寿命を延ばしていて、150歳近い怪物ですよ」
この国には攻略ルートがある程度判明している迷宮があり、実力があれば迷宮の恩恵を受けることも難しくはない。ただ、それらの迷宮は難易度が低いため、得られる恩恵も大したことがないのだそうだ。
そのため、より効果が見込める、大規模な儀式を行おうとしているのだろう。それでも、分からないことがある。
「シロとクロに執着する理由は何なんでしょう? 珍しい獣人だからですか? 虎と狼の獣人だって兵士が話してましたが……」
食事を終えて、ウトウトとしている2人を見る。白猫と黒犬だと思っていたが、違っていたらしい。しかし、ただの虎と狼でもないようだ。
「正確に言えば、銀虎に獄狼という、稀少種族らしいです」
「稀少種族? ただの獣人ではないってことですか?」
「はい。彼女たちの先祖が迷宮を攻略し、その恩恵で種族の繁栄や強化を願ったのですよ。結果、その血を受け継ぐ子孫は稀少種族となり、ただの獣人とは一線を画す力を得ました」
領主はその希少種としての力に目を付け、生贄にしようと画策したようだ。1年も追い続けるほど執着しているのは、替えが利かないほどに珍しいからだろう。
今後、シロとクロの種族も、秘密にしなきゃヤバそうだな。生贄云々はともかく、普通に奴隷商人にも狙われそうだ。




