84話 追撃の領主
「そ、そちらの女性にこれを。上級ポーションです」
「あ、はい!」
今はカロリナに集中しよう。初対面だが、ここで騙して偽物を呑ませるような意味はないはずだ。この女性なら、力づくで俺たちを制圧できるんだしな。
俺は薄く光るポーションの入った瓶を、カロリナの口に運ぶ。さらに、直接飲ませつつ体にも振りかけるが、カロリナの症状は緩和しなかった。
一瞬、体温が上がった気はするが、それだけだ。すぐに熱は失われ、カロリナの体が震え始めてしまう。
今のカロリナには、上級のポーションすら意味がないようだ。
「ダメか……」
「そんな。それ以上のポーションは持ち合わせが……」
女性にも、これ以上の回復手段はないらしい。悲痛な表情でカロリナを見つめた。彼女にも、カロリナがもう一刻の猶予もない状態であると分かるのだろう。
やはり、アレしかない。
「カロリナ、このスープを飲んでくれ」
手にしていた天竜核の濃縮スープを、スプーンで掬ってカロリナに飲ませる。意識はないはずなのだが、ポーションよりも飲む勢いがある気がした。
実際、コクコクと喉がなり、次を望むかのように口が微かに開けられるのだ。残っていた器一杯分のスープを全て飲ませ終える。
「カロリナ……」
「おねえちゃん、頑張るです」
「がんばー」
力なく寝そべるカロリナの手を握る。すると、彼女の中で強い力が渦巻くのが分かった。竜の魔力が、早速彼女の中で力を発揮しているらしい。
あとはこのまま安全な場所へと移動させれば完璧なんだが……。この状態で動かして大丈夫だろうか? 脱出用の転移陣を使ったりして、影響は?
悪い想像はいくらでもできてしまう。だが、ここに居続けるわけにはいかないんだ。多少の無理をしてでも――。
「オオオオオォォォオォォ!」
「きゃぁっ!」
「にゃぁ!」
「わう!」
突如、肌を刺すような異様な気配が周辺を包み込んだ。黒い魔力が暴風のごとく荒れ狂い、女性陣を吹き飛ばす。
弾き飛ばされた3人と入れ替わるように、俺たちの前に巨大な黒い影が舞い降りた。黒い魔力を全身に纏った、領主だ。
もう完全に人をやめている。
「領主……」
ジオスは負けてしまったのか?
漆黒の魔力に包まれた領主の表情は見えないが、明らかに俺たちを――いや、俺の腕に抱かれたカロリナを見ている。
「リュゥゥゥノォチカラァァ!」
「っ!」
領主の絶叫の直後、カロリナの体がビクンと震えた。彼女の内部の魔力も同じように大きく蠢くと、体外へとドッと溢れ出す。
領主がカロリナから力を吸収しているらしい。カロリナの内から、魔力が大量に流れ出ていく。このままじゃ、スープを飲ませた意味がなくなる……!
「キサマモ! チカラヲササゲヨ!」
「ぐぅ!」
力が、吸われる! 今までの生命吸収とは桁が違う! このままじゃカロリナがマズい! 退いてたまるかっ!
「それを、やめろぉ!」
「ガァッ!」
中位魔法でも、軽く怯ませるくらいか! いや、ジオスのあの凄まじい斬撃でさえ意に介さなかったこの化け物に、僅かでも効いた?
竜の魔力のお陰か? なら、もっとがっつりぶつけてやるよ!
「うおぉぉぉぉぉ!」
分かる! 赤い魔力の使い方が! 胸と喉から、湧き上がるこの力は、やはり竜の魔力だ! これなら、いける!
「があああああ⁉」
は? ほ、炎を吐くつもりだったのに、なんか光線でたぁぁぁ! 俺の口から放たれた深紅の光線が領主に叩きつけられると、その腹部を貫いた。
「グアアアアアァァァァ!」
「ぐが!」
腹に穴が開いててもお構いなしかよ!
殴り飛ばされた頬が砕けているのが分かる。しかも、聖魔法もなしで即座に再生し、痛みが引いていく。竜の魔力の力か? いや、今は俺よりも、俺の腕の中のカロリナだ! 今も魔力が流れ出し続けている!
それに、このまま下手な角度で地面に叩きつけられるのも、マズい。なんとかカロリナだけでも庇いたいが、俺の小さな体じゃ絶対に無理だ。
なんとかうまく着地を――。
なんだ? 背中から赤い魔力が噴き出し、左右に広がる感覚がある。まるで翼のようだ。しかも俺、浮いてるのか?
翼のようっていうか、本当に翼? 魔力の翼でどう浮いているのか分からないけど、体は俺のイメージ通りに動ける!
俺はカロリナをしっかりと抱え上げると、そのまま足から着地した。さっきと違って、俺の魔力はカロリナを焼かない。俺自身が制御できているからだろう。
だが、当然だが領主は追撃の体勢だ。足を曲げ、今にも飛び掛かってこようとしている。
「キサマラヲクラッタアトハァァ! コムスメドモヲイケニエニ――」
「二ノ剣!」
「ギガゥ!」
「七ノ剣!」
だが、動き出す直前、領主の体が縦に真っ二つにされていた。さらに、無数の剣閃が奔り、領主を細切れにする。
その背後には、飄々とした態度を捨て去り、険しい表情を浮かべたジオスがいた。
「済まない。逃がした」
「ウゴ……」
領主は、なんとこの状態でも死ななかった。切断面から伸びた黒い魔力が絡み合い、レゴブロックのように組み合わさりながら再生しようとしている。
あれで死なないって、どうすれば倒せるんだよ。
「コレは私が抑える。今度こそ、絶対に。君たちは逃げろ。ミレーネ、彼らを援護するんだ」
「わ、分かりました!」
何故か、ミレーネと呼ばれた女性が嬉しそうに返事をした。そして、俺たちを促して走り出す。
「行きましょう」
「……ああ。シロ、クロ! 動けるか?」
「にゃ!」
「いけーる」
シロたちは気配を消して攻撃の気配をうかがっていたらしい。俺の言葉に即座に反応する。
「カロリナ。頑張れ……!」
体内の竜の魔力が大分目減りしてしまったカロリナに声をかけながら、俺たちは再び走り出した。
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