8話 獣人の少女たち
俺は顔をしかめたまま、下水道の入り口付近の足跡を消していく。これが残っていたら、人が下水に出入りしていることがバレバレだからだ。
それに、侵入者にも注意が必要だった。
同じ境遇の浮浪児なんかであったら、縄張りの奪い合いになるかもしれない。近所の子供であっても、そこから親などに俺の存在がばれるかもしれなかった。
「ゴロツキが追ってたやつらだとすると……」
より厄介だ。やつらがここまで来るかもしれないのだ。
侵入者が何者か分からない以上、こちらが先に発見したい。
俺は風の結界を身に纏った。匂いの強い食材を扱う際に、臭さを遮断するための術である。アレンジによっては、匂いと音を遮断する隠密行動用の術としても使えた。
上手く無詠唱で発動できたようだ。
通路の足跡は奥まで続いている。下水道内は、途中途中で光が差し込んでいるので、完全な闇ではない。これは、雨水を下水に流す用の取水口である。
足跡の数は、2人分だ。泥の乾き具合からすると、ここを通り過ぎたのは結構前だったと思われる。
「ちっ」
足跡を消しつつ追っていた俺は、思わず舌打ちをした。住処に繋がる穴をいつも開けている場所のちょうど目の前に、人の気配があったのだ。
かすかに声の様なものも聞こえる。
「う、うにゅぁ……ぐず」
「ひぐぅ。ひんひん……」
微かに聞き取れるのは、呻くような泣き声だった。どうやら2人いるらしいが、様子がおかしい。
影の様なものは3つ見えるのだが、1つは全く動かない。呼吸による微かな動きさえないのだ。
死んでいるのだろうか?
俺はゆっくりと慎重に、2人へと近づいた。
どうやら片方が俺の姿を視界に捉えたようだ。僅かに身じろぎして、反応を示す。
その反応で、もう1人もこちらに気付いたらしい。必死に首を動かして、こちらを見た。
2人は目を見開いて、俺を見つめている。その顔に浮かぶのは、まぎれもない恐怖だ。
逃げようとしているのだろうが、ほとんど動くこともできず、イヤイヤをするように首だけを動かしている。
自分よりも幼い俺の姿に恐怖心を抱くほど、余裕がないようだ。
「獣人の子供か……!」
子供たちが怖がっているのに不謹慎なのだが、俺は感動してしまった。まさか、この目で本物の獣人を見ることができるとは。
どちらも、頭の上には耳が生え、長い尻尾も見えている。
薄汚れているせいで分かりづらいが、片方が金髪白肌。もう片方が銀髪褐色肌だろう。
胸糞悪い話だが、獣人は非常に珍しいうえ能力が高く、高値で売買されているらしい。両親が散々そんな話をしていたのだ。人の数十倍の価値が付くとか言っていたかな?
奴隷商が追っていた相手に間違いないようだった。
そして、2人の様子を観察して、状況を理解する。
2人の横には、小型犬とほぼ同じサイズの鼠が横たわっていた。これはポイズンラットという魔獣の一種だ。
その名前の通り身には強力な毒があり、毒抜きをしないと食すことができない。魔獣としてはそれほど強くもなく、大きな町の地下に生息していることも多いという。
ポイズンラットの後ろ足には、血がにじんでいた。何かに噛み千切られたように、深い傷が穿たれている。そして、獣人子供たちの口周りには、血がこびり付いている。
たぶん、この2人は奴隷商の元から逃げ出したはいいが、食事を確保することができずに飢えてしまったのだろう。そして、この下水の中でポイズンラットを発見した。
いや、獣人は鼻がいいらしいので、自分たちから襲ったのかもしれない。
だが、運よくポイズンラットを仕留めたはいいが、食べる方法が分からない。焼こうとした痕跡はある。
2人の足元には、細い木の棒が落ちており、僅かに煤けて黒く変色した地面があった。棒を擦って、火を熾そうとしたのだろう。親か誰かがそうやって火を起こしていたのを見て、覚えていたのかもしれない。だが、火種も何もないところを木で擦ったからと言って、火が起きるはずもない。
刃物を持っている様子もないので、切り分けることもできなかったのだろう。
結果として2人は、ポイズンラットの死体に生のままかぶりつき、毒にやられてしまったようだった。
毒の回り具合から見て、結構な時間が経っている。このままでは危ないかもしれない。
ただ、ここで助けたとしても、それではいサヨウナラとはならないだろう。2人を匿えば、一緒に奴隷商人に襲われる可能性もあるし、この2人から俺の情報が漏れる場合だってある。
だが、しかし!
俺に、ケモミミを見捨てるなどという選択肢は存在しない。
そもそも、外見は4歳児とは言え中身は日本育ちの25歳。正直、死にかけている子供を見捨てることはできそうにないのだ。
「待ってろよ」
9話以降ですが、予定よりも書き溜めができたので、少し早めの投稿をしようと思います。
明日、9話を投稿し、今月中は2日に1回投稿の予定です。




