74話 地獄の合成獣再び
迷宮に突入した俺たちは、順調に先へと進んでいた。いや、順調すぎるって言ったほうがいいかもしれない。
目覚めてから絶好調だったんだが、それはただ気分爽快というだけではなかった。肉体の好調さが、能力や魔力にも影響を及ぼしているのだろうか?
身体能力が向上し、感覚が鋭敏になり、魔力が非常にスムーズに動かせる。特に顕著なのが、魔法の発動に関してだろう。
能力が1段上がったといっても過言ではなかった。俺は、中級魔法までならほぼ無詠唱で発動できるようになったし、複数発動も今まで以上に楽にできる。
シロやクロも使える魔法が増え、より無詠唱が得意になっていた。また、2人の場合は竜の体にも大きな影響が出ている。
シロはより竜眼の精度が上がり、魔法の発動を察知したり、素早い攻撃も見切れるようになっていた。シロ曰く、「目に力入れると、色々遅く見えるです!」だそうだ。
動体視力を短時間だけ超強化できるってことなんだろう。あと、罠なんかを見破ることも今まで以上に素早い。
クロの竜腕は単純に腕力と魔力放出量が上昇した。殴るもよし、魔法を発動するもよし。今まで以上に攻撃力が増したであろう。
また、全身の力が増したお陰で、重い武器の遠心力にも負けなくなっている。新しく選んだ大型のハンマーも、軽々と振り回していた。雑魚モンスターを粉々にしちゃうけどね!
謎に全員が絶好調だった。でも、良く寝たこと以外に理由が分からないんだよな……。
順調に進む俺たちは、不意に足を止めていた。驚きの魔獣の気配を察知したのである。最初に気付いたのはシロだ。
「この先、なんか魔力ドーンてしてるです!」
「魔力ドーン?」
「そうです!」
この先の部屋と言えば、ヘルキマイラと戦った大部屋だが……。
「すんすん。ヘルキマーラのにおい」
「マジか」
「わう」
クロの鼻でも感じたのなら、間違いないだろう。さらに近づくと、俺でもハッキリとわかった。
以前は感じられなかったが、今ならヘルキマイラの魔力をしっかりと感じ取れる。感覚も鋭くなっているんだろう。
「あいつが復活、したのかよ」
「にゃにゃ! 今度こそシロがやっつけるです!」
「クロがたおーす」
シロとクロはやる気だ。ヘルキマイラの強烈な気配を感じても、全く怯んでいない。
部屋の外からでもビシビシと感じられる魔力は、膨大だ。深層で戦った強敵たちと比べても、やはり格上である。
しかし、今の俺たちなら、以前のように苦戦せずとも勝てるはずだ。
「前の時は、肉をほとんど取れなかったからな。今回はあいつが毒煙を使う前に仕留める!」
「肉です!」
「にく」
「肉です」
「にーくー」
シロとクロがより真剣な、キリっとした表情で頷く。だが、すぐにニヘラっとした表情に崩れた。
ヘルキマイラの肉は美味かったし、あれが大量に手に入ることを想像したんだろう。
「2人ともやる気になっているところ悪いが、今回も俺が倒す」
「えー」
「ずるー」
「……その方が肉をたくさんゲットできるんだが、お前らがやるか?」
「肉!」
「にく」
「肉で答えんな。さっきからそれしか言わないじゃないか。俺がやるって事でいいんだな?」
「任せるです!」
「トールならやれる」
やることは、単純だ。部屋に突入して、魔法を詠唱し、弱点目がけてぶっ放す。ただし、使うのは上位魔法だ。
絶好調の今なら使える気がするんだよな。
上位水魔法『海王ノ刃』。超大型の魔獣を捌く際に使う、水刃の上位魔法だ。当然ながら、その威力も数段上である。
「シロが最初に突入して、やつの気を引く。クロは俺を守ってくれ」
「囮するです!」
「トールはクロがまもーる」
「じゃ、いくぞ!」
作戦通り、シロが最初に部屋へと飛び込んだ。戻ってこないということは、やはりヘルキマイラで間違いないらしい。
遅れて俺とクロが部屋に踏込むと、シロがヘルキマイラに軽く魔法を撃って挑発していた。
その隙に、魔力を練り、詠唱を行う。
「大いなる大海よ――」
よし、いけるぞ。詠唱が自然と紡ぎ出され、魔力が術を構成していく。
「力強き流れの源にして、優しき揺り籠よ。死と破壊の内包者よ。其は水を統べし者。その王たる力を示し、水よ、全てを断て! 海王ノ刃!」
そして、突き出した俺の右腕から、水が放たれた。
「ぐっ! これは、ヤバイ!」
制御が難し過ぎる! 10メートルを超える巨大な水の刃がその輪郭を失い、グニャリと曲がり始めていた。このままでは、術が暴れる! シロクロが巻き込まれるかもしれん!
「おおおおおぉぉぉぉぉ!」
俺は術の制御に全力をつぎ込んだ。喉が熱くなり、魔力が術に流れ込んでいく。
すると、崩れかけていた巨大な水は形を取り戻し、ヘルキマイラへと襲い掛かったのであった。
「え?」
目にも見えぬ速度で突き出された海王ノ刃が、壁を打った。硬いはずの迷宮の壁に、深々と斬痕が穿たれる。だが、ヘルキマイラは立ったままだ。外した?
今度こそ完全に制御を失った膨大な水が波音を立て、壁からこちらへと跳ね返ってくるのが見えた。津波って程じゃないが、結構大きい。
棒立ちのヘルキマイラに、波が覆い被さる。そして、波に打たれたヘルキマイラの巨体がズルリとズレ、血を噴き出しながらドシャリと倒れ伏した。
海王ノ刃が、しっかりとヘルキマイラを切断していたのだ。あまりにも速く、あまりにも斬れ味がよかったせいで、俺ですら斬ったことに気付けなかった。恐ろしい術である。
「……おぉぉぉ! すごいです! トール、凄いです!」
「トールちょーすごー」
「いや、俺も驚いてるよ」
上位の魔法は、使う場所を選ばないと仲間を巻き込みかねないようだ。中位とはくらべものにならない威力と、制御の難しさだった。
「とりあえず……腹減ったな」
ヘルキマイラの肉があるし、ちょっと焼いちゃおっかな。
体調不良のため、1度更新を飛ばします。次回は8/23の予定です。
もしその日に更新がなかったら、治ってないんだなーとお察し下され。




