72話 超回復
「帰って、きた……」
脱出用の転移陣を使って迷宮から逃げてきた俺は、なんとか住処へと辿り着いていた。
道中、パラライズアイの群に遭遇した時は本当に焦ったが、残りの魔力を振り絞って包囲を突破したのだ。
生き残りに追われたが、何とか脱出の魔法陣に飛び込んで九死に一生を得ていた。魔法陣が残っていてくれて、本当に助かったのだ。
「シロもクロも大丈夫か……?」
未だに熟睡中の2人を寝台へと寝かせ、状態を視る。傷が開く様子も、苦しんでいる様子もない。
それを確認して、俺はようやく一息つけた。しかし、一緒に眠るようなことはできない。
とにかく、もう悠長な真似はしていられないだろう。傭兵ギルドや領主に、俺たちの存在が知られた可能性が高いのだ。
普通なら、無理にでも町から脱出する選択をするんだろう。だが、俺たちの体には呪いの紋章が刻まれている。
1年で命を失うという、最悪の呪いだ。それを解除するためにも、迷宮を攻略しなくてはならない。
「もう、少し無理をしてでも攻略を目指すしかない」
帰りの道中でもずっと考えていたんだが、やはり攻略を成し遂げるまで迷宮に潜り続けるしかないと思う。
迷宮で寝泊りするのはかなりリスクが高いが、深層の先へと進めば、アレス以外の傭兵の追跡は振り切れるはずだ。
上手く先の階層へと進むことができたら、アレスだって追ってこれない可能性があった。まあ、かなりの幸運が必要だろうが。
でも、羅針盤があれば、不可能ではないはずなのだ。
さっさと迷宮を攻略して、呪いを解いて、強行突破で町を脱出する。言うほど簡単ではないが、それ以外に俺たちが生き残る方法も思いつかなかった。
いや、ほとぼりが冷めるまで、少し待つという方法もある。1ヶ月くらいすれば俺たちのことなんか噂にもならなくなるかもしれない。アレスやガイランドが違う町へと移動するかもしれない。
だが、全ては希望的観測だ。そもそも、領主のホルム子爵という、1年も諦めずにシロとクロを追い続けている執念深い相手もいる。
時間が全てを解決してくれるという幻想を信じることはできなかった。どちらも賭けになるなら、すぐに行動する方を選びたい。
まあ、シロとクロが起きてからだけどな。とりあえず、体調を万全にするためにも何か腹に入れておこう。
実は、起きてからずっと凄まじい空腹に襲われていたのだ。竜の力を全力で使いまくったからだろう。以前、ヘルキマイラ戦での飢餓を経験していなかったら、道中で食事を我慢しきれなかったかもしれない。
まあ、こっそりとヘルキマイラジャーキーを口にしてはいたんだが……。飢餓は全く収まる気配がなかった。もっとガッツリ食べなきゃいけないんだろう。
空腹を紛らわせるため、ポイズンラットの串焼きなどを食べつつ、調理の準備を進めた。
「まだ残ってるのは蛇肉だよな。あと、薬草を一緒に煮込むか」
以前クロが仕留めたイリュージョンパイソンの肉がまだ少し余っている。体力回復効果が高いこの肉を、食べやすいスープにしようと思う。
細かく切った肉を、根菜や薬味、醤油、調味料と共に鍋にぶち込み、水から加熱していく。沸騰してきたら、風魔法の出番だ。
空気圧を操作可能な魔法を使い、圧力なべを再現するのだ。中級魔法なので制御が難しいんだが、深層で成長した俺なら長時間の維持が可能だ。
「よしよし、いい具合に煮えてきたな」
30分ほど圧力をかけ続けた結果、鍋の中の肉が箸で押すだけでほろほろと崩れるほど柔らかくなっていた。小骨も、ちゃんと柔らかくなっているようだ。
「うん。いいできだ」
「……じゅるり」
「……いーにおー」
「起きたか2人とも!」
さすがの食いしん坊コンビ。迷宮から脱出している間にあれだけ揺すられても寝ていたのに、美味しそうな匂いを嗅いだらすぐ目が覚めたらしい。
「どこか痛いところはないか?」
「お腹空いたですぅ」
「へったー」
「……はいはい」
2人とも空腹にやられて、もう食事のことしか考えられないようだ。とりあえずできたばかりの蛇スープを食わせてやろう。
〈『幻影大蛇のスープ、異世界風』、魔法効果:生命力回復・中、体力回復・中、魔力回復・小、生命力強化・微、体力強化・微〉
回復効果が高いスープだ。
「「「いただきます!」」」
2人は寝台に胡坐をかいて座ったまま、スープをかき込み始める。
「うまうまです!」
「うーまー」
「いい具合にジューシーで、メチャクチャ美味いな」
調理前は鶏むね肉のようなやや硬い感じの肉だったが、今はしっとりジューシーだ。獣人の2人は物足りないくらい、柔らかいかもしれん。
蛇肉10キロを3人で喰らい尽くす頃、俺たちの体力もしっかり回復していた。心なしか喉が熱い気がする。
「満腹ですー」
「まんのぷく。はらぽんぽこー」
腹がポッコリ状態で寝そべっている2人は幸せそうだ。だが、少々気が重くなる話を聞かせねばならない。そう思ったんだが……。
「なんだ、これ……」
「ねむいです~」
「おやしゅみー」
俺は凄まじい眠気に襲われていた。体がふらつき、眼を開けていられない。それはシロとクロも同じであるらしく、さっさと寝台へとダイブしている。
体が、睡眠を欲しているということなのだろうか? ダメだ、これ以上は我慢できん。
「く……ベッドに……」
結局俺もシロクロに倣って、睡魔に身を委ねるのであった。
そして、目が覚めた時――。
「なんだこれ……。全身が軽い」
驚くほどにスッキリ爽快だった。体に痛い部分など全くなく、残っていた傷跡は完璧に消えているのだ。なんと、折れた歯すら再生されていた。しかも、ちゃんと乳歯である。
そして、魔力も満タンだ。
睡眠だけで、ここまで回復するんだな……。何日も寝てたってことないよな? 正直、ここだと時間感覚がないので分からん。
「とりあえず、シロとクロ起こして、なんか腹に入れよう」
寝る前にあれだけ貪り食った蛇肉は完全に消化されてしまったのか、腹が空腹を訴えていたのだ。あー、俺も燃費悪い組の仲間入りだなぁ。




