7話 厄介ごとの予感
翌日からも碌な食材は見つからず、結局は野草スープを食べるしかなかった。
子供の内臓に野草の灰汁は毒にすらなりえるので、しっかりと抜かないといけない。ただ、あまり灰汁抜きし過ぎると味も悪くなるんだよなぁ。
それでも頑張って、草をまとめて結んで食感を出したり、刻んで風味を飛ばしてみたりしたのだ。少しはましになったかね?
あと、料理に使う食材や調理器具に含まれる魔力の量で、微妙に味に変化があるのが分かった。
魔力含有量が多いと美味しいというのは知っていたが、それがほんの僅かでも旨みが感じられるのである。
そのため、水や火に込める魔力を増やすことで、さらにマシな味にすることができるようになっていた。これは大発見だね! 問題は、どれだけ味が良くなろうとも、栄養にはならないってことだろう。
「やっぱり、もうちょっと遠くまでいかないとダメか……」
これまでは安全を優先して、下水の入り口20メートル以内で生活してきた。だが、そろそろ行動範囲を広げてみようと思う。
俺は身を低くしながら、樹木が密集する林に突入した。がさがさと草むらや木々をかき分けながら、食材を探す。
最初に見つけたのは、食用に使える樹木だ。タラノメの様に新芽が食べられるらしい。だが時期が悪く、すでに葉が青々と茂っていた。
その後も樹木を中心に食材を探すが、見つからない。まだ実が熟していなかったり、逆に遅かったりした。
だが、ここで草に逃げたりはしない。それでは晩飯はまた野草のスープと、御浸しになってしまう。もっと違う物が食べたいのだ。具体的には肉か甘味だ。
「うーん。ない――」
「ないない――」
「これもだめか――」
1時間ほど探索したが、木の実などは見つからない。発見できたのは野草2種類と、キノコが2つだけだった。
途中で心が折れかけて、ちょっとだけ野草探索に逃げてしまったのだ。ただ、今日見つけた草の内1つは新種だ。ノビルに似た山菜で、小ぶりな根っこはカブの様な味がするらしい。
キノコも、シイタケに似た味のする食用のキノコだ。ややアンモニア臭がするらしいが、ただ焼いただけでも食べられるようだ。御馳走である。
だが、これらは目的のものではない。
「奥の手を使うか……」
俺は、魔法の使用を思案する。温度感知や嗅覚強化の術を使えば、大きい成果をあげられる可能性があった。ただ、問題もある。
技術と才能を神様から与えられているとはいえ、まだ俺の魔力は低い。魔法を連発したら、すぐに魔力切れを起こすだろう。
その状態で襲われたら危険だ。しかし、このまま普通に探していても、肉が手に入る確率は低い。
「……どうするかな」
今日はすでに1回、広範囲への温度感知を使っている。魔力消費が重いこの術は、調理のための魔力を残すことを考えたら、あと1発しか使えないだろう。ここで使ってしまっていいのか?
「うーむ」
どうするか。だが、ここで逃げていいのか? また、微妙な味の野草のスープで腹を満たすのか? 否だ!
「よし、やったるか!」
覚悟を決めた。俺は美味い飯を食べる! 今日ここで食材を手に入れてな!
温度感知の術を維持できるのは5分ほど。その間に食材を発見せねばならない。
地面や草の間、頭上に茂る木々の間を目を皿にして探す。そして制限時間ぎりぎりで、俺はそれを見つけた。
「あれは……鳥の巣か? それに、木の実?」
木の上に、熱源があったのである。親鳥はいないようだ。その周辺に、微妙な熱が複数。
5メートル程頭上だ。幼児にとってはかなり高かった。どうやって取るか、しばし思案する。
「どうしよっかな……」
魔法で下に落とすのも、確実性がない。卵が割れるかもしれんし。何か消費が少ない魔法で使えるものはないか思案すると、良い魔法があった。
「魔力の腕!」
大きな食材を捌いたりする時に使う、半透明の腕を生み出す魔法だ。
俺は魔力の腕を使い、木の上の鳥卵3つをそっと持ち上げる。イメージによっては、かなり精密な動きも可能なようだ。さらに、巣の周辺に生っていた黒い木の実を取れるだけゲットしていく。大量だ。
木の実は『カセナッツの実』の原種だった。僅かに熱を持っていたのは、熟し始めていたからだ。殻が石よりも固いせいで、鳥に食べられなかったのだろう。
「カセナッツの原種か! いいものを手に入れたな」
わざわざ原種と表すのは、改良品種があるからだ。このカセナッツは僅かながら魔力があり、それを抽出して濃縮すると回復の力を発揮する。つまり、ポーションの原料なのだ。
ただ、原種に含まれる魔力はほんの僅かで、どれだけ抽出しても最下級ポーションにしかならないが。
その問題を解決するために品種改良が行われ、魔力を多く含んだ栽培品が出回っているらしい。そのおかげで野生に生えている原種は見向きもされなくなり、俺でもゲットすることができたというわけだ。幸運だったと言えよう。
「カセナッツは色々使い道があるからな」
種はどんぐりに似ているし、少量の油も取れる。ポーションにすれば甘みが出るので、調味料代わりにもなる。食感もいい。
「卵も合わせたら料理の幅が一気に広がるな」
住処に戻る俺の足取りは、自然と軽いものになる。時折、無意識にスキップまで出てしまうほどに。合わせて、顔がにやけてしまうのが分かる。今日の収穫は、俺にとってはそれ程に嬉しいことだった。
だが、すぐに良い気分に水が差されてしまう。
茂みの向こうの道から、複数の人間の声がしたのだ。俺はとっさに身を潜めた。穏やかな様子ではない。
「おい見つけたか?」
「いません。もうこの辺りにはいないんじゃ? もう2日っすよ?」
「ちっ! いいか、何としても見つけ出すんだ! あのガキどもに、どれぐらいの価値があると思ってるんだ!」
「は、はい」
「くそ! どうやって逃げ出しやがったんだあのガキども!」
ゴロツキたちが何やら言い合っている。会話の内容からすると、逃げ出した誰かを追っているようだ。
ガキという言葉からすると、子供だろうか? どうやらあいつらは人買いで、逃げ出した子供たちを追っている、と。
巻き込まれる前に帰ろう。ついでとばかりに襲われては、たまったもんじゃない。
俺はより一層慎重に行動することを誓うと、時間をかけてゆっくりと住処の前まで戻ってきていた。だが、違和感を覚えてその足を止める。
「……入り口が荒れてるな」
下水道の出入り口付近に、足跡が残っていた。よく見てみると、子供の足跡のようだ。泥をつけたままの素足で歩いたのだろう。小さい足形が、奥に続くように残っていた。
「……面倒な」
これ、絶対に厄介事だろ!