69話 憤怒
燃える闇を纏ったクロの竜腕と、光る風を纏ったシロの攻撃が、魔獣を前後から挟み込む。魔獣は逃げることもできず、その攻撃の直撃を受けていた。
クロの燃える闇と、シロの光る風が反発するようにせめぎ合い、柱となって立ち昇る。
魔力と衝撃が周囲を荒れ狂い、地面に倒れた俺の体が浮きそうになるほどだ。目が開けられない。
いったい、どうなった……?
闇と光が収まったとき、そこには驚きの光景が広がっていた。
「オォォォオ……」
「人……?」
魔獣の纏っていた闇の一部が剥がれ落ち、その下が露わになっている。それは、どう見ても人間の体であった。
シロが光る風を全身に纏ったように、やつも物質化した魔力で肉体を覆っていたらしい。その体にはいくつもの深い傷が穿たれ、赤い血が流れ落ちている。
顔はまだ見えないが、男性であることは間違いなさそうだった。それとも、ゾンビなどのような人型の魔獣なのか? 黒い影は獣人っぽくも見えていたが……。傷が凄まじい速度で癒えていくのは回復系統の能力?
「オオオオオオオォォォォ!」
「にゃぐ!」
「わうん!」
シロ! クロ!
一撃で力を使い果たしてしまっていたシロとクロが、やつの爪を躱すこともできずに吹き飛ばされた! あんなに、血が! 大量に血が出て……!
助けに――。
「オォォ……」
「くっ……」
やつが俺を見ている。腹を貫かれても、まだ動けるって分かっているらしい。体がズンと重くなり、身動きができなくなる。やつの能力か?
また、なのか?
迷宮の悪意相手に何もできずに殺されかけたあの時と、同じじゃないか! 竜の力を手に入れて! 魔力を増やして! それなのに、また同じように……?
ふざけるなっ!
シロもクロも、必死に生きようとしてるだけじゃないかっ! なんで、こんな……!
「ふざけるなっ……!」
頭の血管が全部ブチ切れたのかと思うほどの、目の前が真っ赤になるほどの激情が湧いて上がる。
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!」
喉が痛い。いや、熱い。凄まじい熱が、全身を支配する。力が、湧く!
「あああああああああああああああああ!」
迷宮の悪意か何だか知らんが、俺たちの邪魔をするんじゃねぇぇぇ!
「おあああああああああああ!」
壊す! 敵は、ぶっ壊してやる!
湧き上がる衝動に任せ、俺は飛び出した。全身から赤い魔力が噴き出し、背中に翼があるかのように、体が浮き上がる。そして、その勢いのまま、腕を振るった。
再び全身を黒い闇に包まれた魔獣が――いや、人? まあ、魔獣でいいか! こんなやつ!
俺の拳が腹に突き刺さり、魔獣が吹き飛んだ。巨木をなぎ倒しながら、倒れ込む。
「うおおおぉおぉらぁぁぁぁぁぁ!」
追いすがり、殴る。殴る殴る殴る!
「オオォォォォオ!」
黒い魔獣は、俺の赤い拳によって闇の鎧を剥ぎ取られながらも、やり返してきた。一瞬で立ち上がった黒い魔獣が、拳を叩きつけ返してきたのだ。
互いに拳を応酬し合う。
打打打打打打打打打打打打打打打打――。
衝撃音が絶え間なく鳴り響き、黒と赤の魔力が乱舞した。
「ああああああああああああ!」
「オォオオオオオオオオオオ!」
ああ、いけない。
分かってしまう。
やつはまだ戦える。だが、俺はもうすぐ力尽きる。それが、分かってしまった。
「オオォォォォォ!」
「がふっ!」
俺を覆っていた赤いオーラが弱まった一瞬の隙に、右肩を掴まれてしまう。
万力のような力でギリギリと締め上げられ、肩からバキバキという骨が砕ける音が聞こえてきた。
「はなせぇ!」
やつを突き放そうと振るった左腕は受け止められ、掴み返されてしまった。肩と同じように、左腕がボギボギと砕かれる。
不思議と痛みはない。ただ、自身の体から力が抜けていくのが分かる。
もう、両腕とも動かない。これで、終わってしまうというのか――。
「ふざ、けるなっ!」
まだ、終われないんだよ!
血溜まりに倒れるシロとクロが目に入る。
このままじゃ、シロとクロは……。
そんなこと、許せるか! やつだけじゃない! 俺は、俺も許せない! こんな軟弱で臆病で間抜けな人間が、シロとクロの保護者だと? 馬鹿野郎がっ!
何としてでも2人を救う! 命を懸けて足りないなら、命以外も全部懸けろよ! 体も、心も、魂もっ! 全部使ってこいつを――ぶち殺せっ!
「があああああああ!」
こみ上げる、憤怒。
「せっかく転生したのに、こんなところで死んでたまるか! シロとクロも、絶対に殺させるもんかぁっ!」
「!」
なんだ? 一瞬奴の力が弱まった? 向こうも限界が近いのか?
ともかく、その一瞬で体を捻って拘束から抜け出すと、俺はそのまま跳んだ。
「ああああああああああ!」
全ての力を! 俺の全てを赤い熱に変えろ! やつを燃やし尽くすだけの、熱にっ!
俺の全身から、炎が噴き上がる。赤い魔力ではない。それは正真正銘、熱を帯びた深く赫い炎であった。
「がらあああぁぁぁぁ!」
「!」
手が使えない? それがどうした! 攻撃方法なんていくらでもあるんだよ! 俺が今、こいつの首に噛みついているみたいにな!
「オォォ!」
「ぐうるうぅぅぅ!」
歯が砕けるほどの力で噛みついているのに、噛み千切ることはできない。だが、やつの首に僅かに歯が食い込み、血が噴き出した。
魔獣が俺を引きはがそうと力を入れるが、離すものかぁぁぁ!
奴の赤い血が目に入り、もう開けていられない。しかし、俺は顎に全ての力を込めることをやめなかった。
「オォオォォォ!」
「があぁぁぁ!」
力づくで引き剥がされたせいで、歯が何本も折れたな。しかし、ここで諦める訳にはいかない。俺は最後の力を振り絞り、魔力を吐き出した。
「オォォォォォォ?」
至近距離で浴びせかけられた炎を振り払おうとしているが、無駄だ。この炎は、消えない! 俺の怒りが消えるまで、燃え続ける!
魔獣にぶん投げられて宙を飛びながら、俺は奴を睨み続けた。




