67話 トータス・トレント
羅針盤に従い森を進んでいくと、脱出用の転移陣を発見できていた。いざという時の保険に有難いね。1度試してみたんだけど、本当に下水の入り口前へと転移できたのだ。
また、アレスの忠告通り上級の魔獣が次々と出現していた。たった2時間ほどで、3回も魔獣に遭遇している。
キラートレントとパラライズアイの群だったから、さほど無理せずに勝てたが……。
「なんだこいつ!」
「でっかーです!」
「なんかくしゃい」
「オォォォォ!」
出現したのは、巨大な四足歩行の獣であった。
大地が割れ、巨大な魔獣が這い出してくる。形状は陸亀にそっくりだ。だが、その皮膚や甲羅は、まるで木でできているように見えた。
いや、実際にその甲殻は樫に似た樹木でできている。枝が飛び出て、葉が生えているのだ。手足も大木がそのまま取り付けられているかのように見えた。
同時に、クロが鼻を摘まんで涙目になるほどの激臭を放っている。強烈な甘ったるい芳香が全身から立ち上っているのだ。
腐敗寸前の果物の香りと言えばいいだろうか? いい匂いにも思えるが、ここまで強いと確かに臭い。鼻が良いクロにとってはなおさらだろう。
「こいつはトータス・トレント! キラートレントよりもさらに上位の魔獣だっ!」
今は生っていないが、歳経たトータス・トレントは枝の先に実を付ける。これが霊薬の素材にもなる希少素材であるらしい。しかも、一度食べただけで中毒になりかねないほどの、異常な美味。
まあ、この個体はまだ若いようで、手に入らないが。中毒になるくらいの美味い果物、気にはなるけど手に入らない方がいいかもしれん。
こいつは甘い匂いで獲物を誘い、近づいてきた獣を甲羅内に隠している蔦で絡めとって捕食する。その分、本体の動きは鈍く、自身から襲い掛かることは稀であるそうだ。
実際、今もこちらを認識しているはずなのに、その場から動く気配はなかった。
「シロ、迂闊に近づくなよ!」
「にゃ!」
「クロ、火を使っていいぞ!」
「りょー」
弱点は火らしいが、普通のトレントよりも燃えにくく、暴れるようなこともないらしい。
もう1つの弱点は、甲羅の中の核である。普通のトレントであれば顔面の裏側の幹なんだが、こいつはしっかりと甲羅で隠していた。
「オォォゥゥゥ……!」
クヌギやカシの巨木が絡み合い、混ざり合って生み出されたかのような巨大な亀。5メートルを超える体高を誇る魔獣は、地の底から響くような唸り声を上げている。
トレントであるが故にその眼窩には眼球も何もなく、洞のような深い穴が開いているだけだ。しかし、伽藍洞ではない。
トータス・トレントの内側からは、凄まじい存在感が溢れ出しているようだった。ヘルキマイラと向かい合った時のことを思い出す。実際、やつと同等以上の力があるだろう。
食材にもならないし、避けて通るのも手だ。しかし、それをできない事情もある。
このトータス・トレントはただの魔獣ではないらしい。なんと、その甲羅の上に宝箱が埋め込まれているのが見えたのだ。
どう考えても攻略に無関係ではない。無視するわけにもいかないだろう。
「シロ、クロ。こいつは再生力も高い。チマチマ削ってもすぐに回復されちまうだろう。だったら、最初から倒すつもりで攻撃を仕掛けるぞ。竜の力も使っていい」
「わかったです!」
「いいの?」
「ああ。おやつ好きなだけ食わせてやる。魔力も半分くらいは使っていいぞ」
「わかた」
動かないというなら、存分に溜めた一撃をぶっ放してやろう。この場所で身動きできなくなるほどに消耗するのは危険だが、リスクを冒さねば勝てない相手だ。
「はぁぁぁぁ!」
「にゃにゃぁ!」
「わうー」
魔力を練り上げ、詠唱を行い、今自分が使える一番強い魔法を準備する。
そして、魔獣の横腹が見える位置まで駆けた俺たちが、一気に攻撃を仕掛けた。
「風よ! 全て貫く風の槍よ! 唸り抉るです! 風槍!」
「燃やし破壊せよ! 炎衝撃」
「貫き凍てつかせよ! 氷槍!」
まず最初に、シロの放った風の槍がトータス・トレントの脇に命中した。クロと同時に魔法を発動したが、風の術は最速だからね。
回転する風の槍には凄まじい魔力が込められていたはずだが、それでも致命傷には程遠かった。甲羅はかなり深く抉れているが、それだけだったのだ。
だが、そこにほんの僅かに遅れてクロの魔術が突き刺さる。貫通力よりも衝撃力を重視する術だ。結果、シロの抉った穴に炎の塊が撃ち込まれ、爆発した。
火炎が弾け飛び、鈍い爆発音とトータス・トレントの悲鳴が響く。
「オオオオオオオォォ!」
2人の攻撃によって、トータス・トレントの甲羅が破壊されていた。人が通れそうなほどの穴が開いているのだ。
そこに、魔獣が逃げる間も与えず、俺の放った3発目が飛び込んでいた。それは、氷の槍だ。
トレント系の魔獣に対し、水や氷は効きづらいはずなんだが、この魔獣に対しては別であるらしい。体を構成する植物が寒さに弱いのか、氷系の魔法が火に次ぐ弱点であるらしい。
竜の力を存分に込めてやった、渾身の氷槍だ。
「オオオオオオオオオオオオオオオォォ!」
「離れるぞ!」
「にゃ!」
「わう」
断末魔の悲鳴と共に、甲羅の中から無数の蔦が這い出して暴れ出した。最後の悪足掻きか?
なら、止めを刺してやる!
「があぁぁぁぁぁぁ!」
俺の吐き出した火炎が、トータス・トレントの甲殻の穴に飛び込んだ。やつを構成する植物の隙間から赤い光が漏れ出し、体内が燃え上がっているのが分かった。黒い煙も上がっている。
十数秒後。魔獣の動きが段々と鈍っていき、最後は完全に静止したのだった。亀の形に似た奇形の巨木が生えているかのような、不思議な光景が生み出される。
同時に、その甲羅だった部分が砕け、中から宝箱が落下していた。しかも、受け止める間もなく宝箱は地面に落下し、その衝撃で箱が開いてしまったではないか。
白霧の悪夢が脳裏をよぎる。だが、この宝箱には罠は仕掛けられていなかったらしい。特に異変が起きることはなかった。
恐る恐る近づくと、中から緑色の水晶が転がり落ちているのが見える。その形は、白霧から手に入れ、羅針盤を手に入れるのに使った赤水晶にそっくりだ。
「これは、新しいキーアイテムかな?」
「トール、やったです!」
「これでまた進める?」
「ああ、きっと――」
「ウオオォォォォォオォォ!」
は? なんだ? 魔獣の咆哮? 急に飛び出してきた黒い影は――?




