62話 木の根元
「いったか?」
「にゃ。もう魔力感じないです」
「わう。匂いもない」
傭兵たちの気配が完全に消えたことを確認するため、茂みから顔だけ出して周辺の様子を確認する。上からシロクロ俺の順番だ。
傭兵も魔獣も、近くにはいないだろう。それを確認した俺たちは気配隠しの魔法を解除し、身を潜めていた茂みをかき分けて外に出た。
実は最近、深層で傭兵どもに遭遇することが増えていた。どうやら、天竜の騒ぎが落ち着いたことで、他の町から傭兵がやってくるようになったらしい。
異変があったことで、迷宮に何か変化が起きたと考えたんだろう。
変化と言っても、それが良い方に作用しているかなんて誰にも分からない。だが、傭兵たちは僅かな可能性にかけて、エルンストの町の迷宮を目指すのだろう。
実際、迷宮の変化や成長というのは、それだけ重大なことなのだ。今まで全くお金にならなかった毒の迷宮が、金のなる樹に変わっているかもしれない。
階層が変化して、薬草や植物、お宝がゲットできるようになっているかもしれないし、お金になる魔獣が発生するようになっているかもしれない。
そんな迷宮にいち早く潜り、儲けを独占できれば? 独占とまでいかずとも、先駆者となれれば? まさに一攫千金であろう。
迷宮から持ち帰る財貨だけではなく、地図や採取物、魔獣の倒し方など、様々な情報も金になるはずだ。
無論、迷宮が成長するということは、難易度が上がっているということでもある。迷宮が深くなり、強い魔獣と戦わねばならない。
しかし、そのリスクを呑み込んででも潜る価値があると、多くの傭兵たちが判断したのだろう。もしくは、食い詰めすぎて、毒の迷宮にすら縋らずにはいられないか。
エルンストの町では明らかに傭兵の数が増えたと分かるらしい。5人、10人どころの規模ではないのだろう。
これは、カロリナが集めてくれた噂話で知った情報だ。しかも、そう言った一獲千金狙いの傭兵は素行が悪い者も多く、町の治安がまた悪化しているそうだ。刃傷沙汰や窃盗強盗事件も日常茶飯事らしい。
カロリナも一度絡まれたという。スラムから町へと移っていて、本当に良かったと安堵していた。
大穴狙いのその日暮らし傭兵なんて、チンピラと変わらないからな。うちの両親とかまさにその類だったわけだし。
つまり、そんなチンピラ傭兵が増えた迷宮内の治安も、劇的に悪くなっているということだった。
実際、深層でニアミスする傭兵がこちらを見る目は、今まで以上に穏やかならざる物になっているのが分かる。値踏みどころか、完全に獲物を見る目だ。
そのため、俺たちは傭兵から身を隠すのが大分うまくなっていた。
傭兵の気配を感じた瞬間、手近な茂みに身を潜め、俺とシロの風魔法で音と匂いを遮断。さらにクロの闇魔法で茂みの内部の影を濃くして姿を隠すのだ。
そのお陰というのもなんだが、魔獣相手にも逃げ隠れができるようになった。最近じゃ、魔獣相手に奇襲すらできるほどだ。
今後予定している数日がけの長期遠征で、非常に役に立つだろう。というか、食料の備蓄はほぼ完了したし、数日中には実行に移すつもりだ。
問題は、現状では先へと進むための手がかりすらないので、日数をかけても意味があるかどうか分からないって点である。
あれから数度すれ違ったガイランドや黒髪青年も、森林から先へと進めている様子はない。やはり、普通に探索していてはダメなのだろうか?
そんなことを考えながら傭兵たちが立ち去った方角とは反対へと歩みを進める。こうやって傭兵たちを避けて移動するのも、探索が上手くいかない理由だろう。
そんな中、突如シロが足を止めた。そして、首を傾げながら眼帯を外す。
「にゃぅ~?」
「シロ、どうした?」
「てきー?」
「……なんか変です!」
キョロキョロと周囲を見回し始めるシロ。俺はクロに視線を向けたが、クロは首を左右にフルフルしている。
クロには気づけない異変か? 俺たちは息を潜め、シロのことを見守った。
すると、シロが竜の目を大きく見開きながら、前方をジッと見つめる。俺たちからは、普通の森林が続いているようにしか見えないが――。
「こっちです!」
シロがビシッと一方向を指さした。
一人で走り出さないのは偉いぞ。
罠や魔獣に警戒しながらシロの先導で進むと、30メートルほど先に生えていた木の前で立ち止まる。
「これがどうかしたか?」
周辺に生える木とは微妙に種類が違うかな? 食用ではないので種類までは分からんが、葉っぱの形がかなり違うのだ。
それに幹もちょっと赤茶色で、根張りもいい。この森林には太くて大きい木も多いので、特別凄い大木ってわけではないが……。
この辺は灰色の樹皮を持った木が多く生えているので、ちょっと目立つかな?
シロはその根元をじっと見ている。
「何か見えるか?」
「ほんのちょっとだけ魔力が見えるです!」
魔力を見ることが可能な竜眼でさえほんのちょっとってことは、かなり弱い魔力だろう。シロはよくこれに気付けたな。
ともかく、あの木の根元に何か埋まっていることは間違いないようだった。
「掘り起こしてみるか」
「やるです!」
「クロもがんばーる」




