6話 7日経過
空から竜が降ってきたあの日から一週間。
俺は、何とか生き延びていた。本当に、何とか、ではあるが。
正直、この町の治安の悪さを舐めていた。元々治安が宜しくなかったのに、竜の襲撃によって難民が増えてしまい、治安が最悪と化していたのだ。
空腹に耐えきれず、恥を忍んで食べ物を恵んでもらおうともしたのだが、誰にも見向きもされなかった。そんな余裕がないのだろう。
哀れんだ表情を浮かべる者はいたが、それだけだ。
それに、7日間でゴロツキに8回も襲われたのである。1日1回以上って、どんだけ治安悪いんだ!
奴隷商に売り払おうとしていたようだ。俺はまだ5歳ではないので奴隷商に売ることはできないのだが、見た目では分からないのだろう。
体の小ささを利用して路地や草むらに逃げ込み、何とかやり過ごしていた。おかげで、風魔法で音を消して気配を殺すのが上手くなってしまった。
「魔法で撃退しても良いんだけどさ……。魔法が使える幼児が居るなんて噂になったら、今以上に狙われるだろうしな。主に奴隷商狙いのゴロツキから」
値段は分からないが、きっと俺は高値で売れるだろう。
「さてと、食料も手に入れたし、ねぐらに戻るか」
慎重に身を隠して草むらを進み、数分ほどで現在の拠点にたどり着く。
そこは、下水道の入り口だった。
この町は、というかこの世界の都市部では、上下水道が完備されているらしい。魔法を大規模工事に使えるお陰だろう。
浄化施設もあるようで、そこで処理された汚水は川へと流されている。そのための大きな水路も川の畔に作られ、町の地下から水が流れ出してるのだ。
水路の脇には点検用の通路が設けられており、徒歩で中に入っていくことができた。俺が住処としているのは、下水道の中から繋がる、地下遺跡の内部だ。
この町の地下には、古代王国の遺跡が眠っている。遺跡自体は調査が終わり、お宝も何もない単なる居住区域だったと判明しているらしい。
最初は下水道に逃げ込んだのだ。だが、反響音の違いから壁の薄い場所を見つけ出した俺は、土魔法を使ってそこに穴をあけてみた。
その穴の先が、古代遺跡の一画であったのである。多分、倉庫か何かだったのだろう。何もない、埃っぽいだけの部屋だったが、今の俺には十分な隠れ家だった。
部屋の中は土魔法で改修済みである。大鍋、小鍋、フライパン用に場所を分けた3つ穴の竈に、テーブルと椅子、ベッドまで魔法で作った。
トイレだってある。モノは魔法で浄化した後に下水に流せば処理できるので楽だった。光に関しては、神様の餞別である魔導燭台があるので問題ない。
本来の入り口が崩れており、誰も入り込んでこないというのも高評価である。下水道自体も出入り口には鉄の格子があり、子供しか入れないので安全性が高い。
欠点は毎回土魔法で穴を開け閉めしなければいけないところだが、魔法の練習にもなるし、今のところは問題なく使えていた。
「今日は茸が手に入ったからなー。ちょっと豪華だぞ」
手に入れてきた食材は4つ。
まずは、解毒魔法で毒抜きをすれば食べれないことはない野草が3種類。名前はない。この世界は地球と違い、学術的な研究が進んでいない。故に、薬草でも何でもない微毒の雑草に正式な名前などないのだ。
なので、自分で名前を付けてみた。外見はニラに似ているが、味と匂いの違いからミズナモドキ、セリモドキ、クレソンモドキとした。
あと、草むらで発見した毒々しい茸だ。くすんだ青色の傘に、灰色の斑点が入った茸を少し振ると、チャプチャプと音がする。中に、液体が入っているのだ。
これもただの毒キノコと思われているが、実は食用である。キノコ自体は無味無臭でマズいが、傘の中の液体が酢の代わりになるのだ。まあ、その味のせいで毒キノコと思われているんだが。
俺にとっては他の人間に採取されずに残っていてくれるので、非常に有難い。
名前は、ビネガーマッシュと名付けてみた。
「ふふーん。今日は、野草と根っこの酸っぱ煮だぜ」
本日の主菜は、保存庫から取り出した木の根っこだ。見た目はちょっと太い牛蒡である。これを手に入れたのは、2日前のことだった。
下水道に戻ってきた俺は、聞いたことがない音にその足を止めていた。身構えて周囲を見回す。
そして、咄嗟にその場を飛び退いた。
「ギチギチギチ」
「うぉ! キモッ。めちゃくちゃキモッ!」
天井から落ちてきたそいつの姿を一言で表すなら、「巨大なイソギンチャク」だ。
「いや、でも食えるみたいだ……。まじかよ」
自然とこいつに関する知識が湧き出てくる。
『名称「ガブルルート」。種別、魔根樹種。ランク1。全身が硬い殻に覆われた、樹根型の最下級魔獣。温暖な地域全域に生息。10歳程度の子供でも簡単に倒すことができる。殻を剥ぐと僅かに可食部分が存在するが、味はほとんどなく、やや鼻を刺す刺激臭があるが毒はない』
巨大な根っこの魔獣らしい。その大きさは子犬程度。確かに、10歳児であれば楽勝かもしれない。10歳であればね!
口元の鋭い歯を見るに、4歳児の俺はかなり危険かもしれなかった。体の中央にあるギザギザの歯で噛まれたら、痛い程度じゃすまないだろう。ただ、俺には魔法がある。
「魔獣にも通じるかどうか……」
だが、やるしかないのだ!
俺は最も得意とする水魔法を、魔獣へと叩き込む。すると、水の針はガブルルートの殻を貫き、その体を地面へと縫い付けていた。
イソギンチャクモドキはビクンビクンと全身を痙攣させると、そのまま動かなくなる。完全に食材に見えるし、倒せたらしい。
「意外と弱かったな……」
下級の魔獣なら、俺でも簡単に倒せるようだった。これで数日分の食料ゲットだ。ただ塩も残り少ないし、調味料が欲しいんだよな。
俺のそんな願いが通じたのか、ビネガーマッシュが採取できたというわけだった。
「じゃあ、調理しよう」
まずは野草を――ではなく、手洗いだ。
保存庫の中には、暇を見つけては魔法で生み出した綺麗な水が溜められている。手洗いにも料理にも使えるので便利だ。しかも、水作成は硬水と軟水を選ぶことができた。この世界の魔法、融通利き過ぎだろう。
次に、全身に殺菌の術をかける。これは地味だが、かなり有用な術だ。
効果はその名の通り殺菌なのだが、殺すのは有害な菌や微生物だけで、有用な菌には効果がない。なので、体内にいる善玉菌や、腸内細菌、または発酵などに使える菌は残すことができるのだった。
これを利用して、発酵系調味料を自作できないか計画中だが、原料が手に入らないので先のことになるだろう。
因みに、今の俺の服装は親に着せられていたボロボロの布服ではない。
父親が使っていた詰襟みたいな黒い服だ。デカいのでブカブカだが、裾を折ったり、腰を紐で縛ったりしてなんとか着ている。
やや動きにくいが魔獣素材を使っているようで、かなり丈夫なのだ。少なくとも、ただの布の服よりはましだろう。こっちの方が温かいしね。
それに加え外出時は、燃え残ったテントの一部を切り取って作ったマントを羽織っている。裏はフェルト打ちしてあるので、非常に暖かい。寝るときは敷布団にも使えて、重宝している。
色々な汚れを落としたら、ようやく調理開始だ。
まあ、やることは解毒をかけた野草と根っこを刻んで鍋に入れて、塩と酢で味を付けることだけだが。
天竜肉が調理できれば食材問題は一気に解決するんだが、まだ魔力が足りないんだよね。
天竜の肉は含有魔力が高いせいで、普通の火で焼いたぐらいでは全く火が通らなかった。これを焼くには、火魔法で一定時間加熱する必要がある。
せっかく、大量の肉を手に入れたのにな……。もっと成長して魔法を長時間維持できるようにならなくては。
「よし、根っこも煮えたかな?」
神様に与えられた料理魔法のお陰で、初見の食材でも火が通っているかどうか分かるのは便利だよね。
〈『苦魔根と山菜の苦酸味スープ、穴蔵風』、魔法効果:生命力回復・微、生命力強化・微、が完成しました〉
スープを軽く嗅いでみる。正直、匂いは良くない。土っぽい感じなのだ。だが、肝心なのは味だ!
「ズズ……おお、酸味だ! 酸味があるぞ!」
何せ、4年ぶりの酸味だ。それだけで美味しく感じてしまう。冷静に考えてみれば、青汁に酢を突っ込んだような、激烈な味だったのだが。
「明日は調理工程を少し変えてみよう。工夫すれば、匂いも苦みも抑えられそうだし」
ただ、ガブルルートの根っこは、あと1食分しか残っていない。やはり、主食を手に入れるのが急務だな。