58話 白霧
突如出現したスケルトン。
動く骸骨は近くにいる傭兵たちを当面の獲物と定めたのか、問答無用で攻撃を加えていた。
「カタカタ!」
「くぺっ?」
驚きのあまり呆けていた傭兵が、スケルトンの振るった剣で一刀両断にされてしまった。数メートルは距離があったはずなのに、一瞬で傭兵の隣にいたのだ。
左右に分かたれる人間だったものの断面が、綺麗に見える。
ほんの数秒で2人分の死体ができ上がっていた。
「骨、です?」
「アンデッドってやつだ……!」
この迷宮で初めて見た。だが、傭兵たちはこいつを知っているらしい。残った傭兵が、絶望的な声色で呟く。
「ひぃぃぃ! 白霧だぁぁ! やっぱ出たぁぁ!」
それが、男の最期の言葉であった。振り返りもせずに振り払われた剣が、その首を刎ね飛ばしたのだ。
「カタカタカタ!」
スケルトンの虚ろな眼窩が、俺たちを見つめている。そりゃあ、俺たちだけ見逃してくれるわけないよな。
どうやら、傭兵たちに異名を付けられるほどに有名な変異個体であるらしい。それも納得の動きだったのだ。どれだけの犠牲者が出ているのだろうか?
「カタカター!」
「ってぇぇ!」
いきなり目の前に……! マジで動きが見えなかったぞ! 念のために張っていた風壁のおかげで軌道が逸れ、肩口を斬られただけで済んだが……。
長期戦はマズい! というか、次に攻撃されて大怪我をしない自信がない!
「どうすれば――」
うん? おい、骸骨野郎。どこ見てる! そっちには、倒れ込んだクロしか――。
「うおぉぉ!」
俺は咄嗟に風魔法を使い、疾った。ズキンと襲ってくる足の痛み。それも無視して一気に駆けると、クロに覆い被さりながら風壁を起動する。
その直後であった。
「カカカー!」
「ぐぅぅぅぅ!」
背中に激痛が走り、熱が溢れ出す。スケルトンに斬られたのだ。
「ちくしょー! くらえ!」
「カタカタ!」
「なっ!」
魔法が完全に回避された! 数発程度じゃ牽制にしかならんか! もっと広範囲に攻撃する魔法じゃないと……。だが、詠唱する余裕がない!
「カタカター!」
「うおぉぉぉ!」
土壁、風壁を無理やり発動させるが、一撃で砕け散る。それでも諦めずに壁を張っては壊されを繰り返した。10回も続ければ、もう限界が近い。
魔力には余裕がある。だが、その魔力を使うための、体内魔力経路がジンジンと痛みを発し始めていた。無茶な魔法発動を続けたせいだろう。
魔力の流れる速度が低下し、魔法の発動が少しずつ遅れている。
「があぁぁぁぁ!」
「カタ!」
一か八か口から炎を吐き出したが、それも躱された!
「カタカタカタ」
まるで無駄な努力を嘲笑うかのように、骸骨の歯が耳障りな音を立てる。
「くっそ……」
スケルトンが、手に持った剣をこれ見よがしに振り上げた。明らかに俺たちを嬲り、絶望を与えることを楽しんでいる。
「カタカタ!」
スケルトンの剣が振り下ろされようかという、正にその瞬間。俺は残った魔力全てを使い切り、全力で攻撃を仕掛ける覚悟を決めたんだが――。
「トールとクロから、離れろおぉぉぉ! にゃあああぁぁぁぁぁぁ!」
シロが悲痛な咆哮と共に、凄まじい光を放っていた。
こんな危機一髪の時にあれだが、見ているだけで穏やかになれるような光だ。
光とともに周囲を流れる温かな風が、俺とクロを癒す。傷が治っているというわけじゃない。心が、精神が癒されていく感覚があった。
だが、そう感じているのは俺たちだけであるようだ。
「カタカタカタカタカタ!」
スケルトンはその場で動きを止め、苦しむかのように頭を押さえている。いや、実際苦しんでいるのだろう。生者にとって気持ち良くとも、死者にとっては毒のようなものなのだろうか?
これは、チャンス……?
俺は魔力を一気に胸に集めると、力を振り絞って吐き出した。
「がああああぁ!」
「カカカ――」
今度こそ、竜の吐息が当たった。スケルトンの頭部が爆ぜ、砕け散る。
直後、残った体が崩れ落ち、ボロボロと崩れてあっという間に灰となっていた。
炎が頭に当たったのはたまたまだったが、そこが弱点であったらしい。
「勝った……のか?」
未だに何が起きたのか分からない俺の後ろで、シロが倒れ込んだ。慌てて近寄ると、シロはぜいぜいと荒い息を吐いている。
クロと同じ症状だった。魔力切れだ。
「シロ、大丈夫か?」
「にゃー……」
さっきの不思議な光は、クロの燃える闇と同じように消耗が大きいらしかった。それにしても、何だったんだろうな?
ただの光じゃないだろう。クロのを燃える闇とするなら、シロのは光る風? 光魔法と風魔法を同時に使った?
それだけで、スケルトンが動きを止めた理由にはならん気がするが……。浄化とかそっちの属性があったのかね?
「トール~……」
「どうしたシロ?」
「おなか、へったです……」
「グギュルルル」
シロの切なげな呟きに同意するかのように、ちょっと離れた場所で寝ているクロの腹が大きな音を立てた。
「お前ら、燃費悪いなぁ」




