52話 集結型転移陣
「おい、自分たちの意思でここに入ってきたのか? それとも誰かに連れ込まれたのか? 迷子だっていうなら、何とか脱出方法を探してやるぞ?」
男のその言葉には悪意があるようには思えず、本当にこちらへの気遣いが含まれているように感じた。
それでも、警戒は緩めない。演技が上手いだけって可能性もある。
それに、警戒していたのは向こうも同じなんだろう。確かに、こんな迷宮に子供だけで潜っているなんておかしいし、魔獣かどうか見極めていたようだ。
そして、人間の子供だと理解して、保護しようとしてくれている?
警戒の表情をやめた男性の顔は、途端に優しげに見えた。まるでクマのマスコットのように、愛嬌が出たのだ。
いや、こちらを油断させようとしているだけかもしれない。まだ気を許しちゃダメだ。
「本当は一緒に戻ってやれりゃいいんだが、この転移陣じゃ無理だしなぁ」
どういう意味だ? 俺が首を傾げていると、シロが先に聞き返してしまっていた。
「どういうことです?」
「はぁ? 知らないのか? どうやってここまできたんだよ……。やっぱり、どっかのクソ野郎どもが囮代わりに……?」
「どしたです?」
「ああ、いや、こっちのことだ。それよりも、転移陣のことだったな。嬢ちゃんらがどこの転移陣を使ったか分からんが、狭い部屋だったろ?」
「うん」
「それが、通常の転移陣だ。で、こっちのデカい部屋にあるのが集結型転移陣ってやつになる」
口調こそ荒っぽい感じがするが、説明は驚くくらい丁寧だ。男性曰く、この迷宮は非常に広く、幾つもの転移陣が点在しているらしい。
「そのせいで地図も作りづらくて、マッピングも全然進まんがな」
そんな転移陣の中でも、集結型という特殊な転移陣があった。
これは、入り口は別でも、出口はここに集結するという特殊なタイプの転移陣である。
例えば俺たちは13番の転移陣を使ったが、男性は8番の魔法陣から転移してきたそうだ。
「他にも、6番と10番の陣は知られてるな。自分の探索成果を隠すのは傭兵にとっちゃ当然だし、秘匿してる奴も多いだろう」
「帰りはどーなるのー?」
クロも男性に興味を覚えたのか、口を開いた。話を聞いていて、警戒心が解けてきたらしい。
「きた時の逆さ。ここに入っても、戻る先はそれぞれ別だ。俺なら8番に、嬢ちゃんたちなら飛んできた元の転移陣に戻る」
なるほどな……。それが本当なら、俺たちの出入り口が見つかったわけじゃないってことらしい。
あそこを頻繁に他人に利用されるのは避けたいから、本当によかった。
俺が考え込んでいると、男性が自身の禿げ頭をペシペシと叩きながら嘆くようにため息を吐いた。
「坊主はまだ俺が怖いか? はぁぁ、初対面の子供に怖がられんのは慣れてるがよぉ。そんな俺の顔って怖いか? 酒場のミレーネちゃんには可愛いって言われるんだけどなぁ」
おっと、俺がずっと黙ったままだったせいで、怖がっていると思われたらしい。だが、下手に喋ったらボロが出るかもしれんし、ここは怖がりな子供と思わせておこう。
そもそもここで話し続けているのはマズい。なんせ、他の傭兵が転移してきてしまうかもしれないのだ。
俺はともかく、シロとクロは未だに追われている。
迷宮で似た少女を見たなんて話が広まれば、追手がかかる可能性があるのだ。
ただ、この男性からもう少し情報を引き出しておきたい。何とかこちらの情報は渡さず、話を誘導したいが……。
幼く見える俺が主導して質問をするのは、変だよな?
少々恥ずかしいが、ここは仕方がない。俺はクロのスカートの端をチョンチョンと引っ張ると、できる限り子供ぽく聞こえるように声を出す。
「おねぇちゃん、抱っこ」
「え? トール? どうしたのです? 変ですよ?」
シロ! シャラップ! 演技だから!
だが、クロはちゃんと俺の行動の意味を理解してくれたらしい。
「いーよ。お姉ちゃんがしっかり抱っこしてあげるー」
「ありがとう」
俺はクロの首に抱き着くような感じで、その腕の中に納まる。メチャクチャ恥ずかしい! でも、これで内緒話ができるぞ!
俺はクロだけに聞こえる小さい声で、質問を指示した。
「クロ、この先がどうなっているのか聞いてくれ」
「りょー。おじさん、この先ってどーなってるのー?」
「お、おじ……。まあ、30歳超えてりゃおじさんか……」
え? つまりこの人、30歳超えたくらいで、40歳には届いてないってこと? 50歳くらいだと思ってたぜ。
「俺はガイランドっていうんだ。おじちゃんと呼ばれるくらいなら、名前で頼む」
「わかったです! ガイランド!」
「わかたー。がいらんど」
「おう! それでいい!」
呼び捨てにされたのに、怒っている様子はない。本当にいい人っぽい?
「この通路の先は、森林階層になっている」
「しんりんです?」
「しんりんってなに?」
「木がいっぱい生えてるってことさ。そのせいで、今まで以上に魔獣の気配が希薄になっちまうし、罠にも気づきづらいんだ」
ダンジョンものじゃ定番の、自然を模した階層か。マジで存在するんだな。
「しっかし、それも知らんのか……。因みに、ここは深層なんて呼ばれる場所だが、解ってるか?」
「しんそー?」
「なんですそれ?」
「それも知らないのかよ……」
迷宮は表層、中層、深層、最深層に分かれ、深層はかなり強い魔獣と即死級の罠のオンパレードであるらしい。
深層以降に足を踏み入れることが可能な傭兵はかなり少なく、それぞれが自分の得た情報を秘匿しているため、地図などもろくにできていないんだとか。
ガイランドも、幾つか自分だけの稼ぎのタネがあるという。
「深層は俺だってしっかりとした準備をしてなきゃヤバい場所だ。死にかけたことが何度もある。今日だって、様子見をしにきただけだしな」
ガイランドは荷物がかなり少なく見える。アイテムボックス的なものを持っているのかと思ったが、そんなもの見たこともないらしい。
「知り合いが深層の攻略に向かっててな、その様子を確かめにきただけなんだよ。危機に陥っても、脱出が難しいからな」
深層の森林は非常に広く、奥地まで入り込むと逃げることすら難しいのだろう。
ただ、脱出用の転移陣というものが存在し、それを使えば入ってきた入り口まで一気に戻れるらしい。
この脱出陣は罠のようにランダムで出現するため、場所は決まっていないそうだ。赤い魔法陣に0という数字が付いているため、見れば分かるという。
「嬢ちゃんたちは怪我してるみたいだが、戻れるか?」
俺たちが巻いている包帯を見て、欠損奴隷だと思われたか?
「もし自力で帰れないんなら、一緒に脱出陣を探してやろうか?」
「だいじょーぶ。帰れる」
「そうか? それに、俺が言うのもなんだが傭兵の中には――つーか、殆どの傭兵は碌なもんじゃない。嬢ちゃんらを見たら、捕まえて売り飛ばそうなんて考えるやつらばかりだ。あまり気を抜かん方がいいぞ?」
「わかったです!」
「わかったー」
「ならいい」
本当にいい人なのかもな。しかし、ここから一緒に行動しようと思うほど、信用はできない。やはり、ここで別れる方がいいだろう。
「おねえちゃん。もう帰ろうよ」
「トール? そだねー。かえろーか」
「おうおう、それがいい。ここから先の魔獣は段違いで強いからな。辿り着いても、死んじまう傭兵も多いんだ」
ヘルキマイラを倒さなきゃこれないような層だからな。そりゃあ、難易度も高いんだろう。
ただ、迷宮の攻略を目指す俺たちにとって、避けては通れない場所だ。このままでは、呪いで死ぬのだから。
それに、ここが深層であるということは、目的地である最深部までかなり近づいているということだ。
今更だけど、俺たちが使っている入り口は、普通じゃないんだろう。下手したら、あの場所が中層な可能性すらある。なんせ、入って数部屋でヘルキマイラに出くわすような場所だ。
あの落とし穴の上が表層。俺たちが使っている場所は中層。そしてここが深層ってわけだ。
俺たちは転移陣に乗り、元々いた13番の部屋へと戻ってくる。
「森林の広がる深層か……」
より難易度が上がっちまうな。いずれ野営の準備とかも必要になるかもしれん。
だが、シロとクロはやる気を漲らせている。
「楽しみです! 木の実あるかもしれないです!」
「お肉もとれるかもー?」
魔獣に罠に他の傭兵にと、今後はより慎重に行動せねばならないが、確かに恵みもより多くなっていくかもしれない。願わくば、新しい食材が手に入りますように。
「明日は、森まで行ってみるぞ」
「にゃう!」
「わふー」




