47話 調味料
飢餓が収まったら、手に入れたもののチェックだ。
シロとクロは、満腹になって眠気に襲われたんだろう。揃ってスヤスヤと寝息を立てている。そんなお昼寝中の2人にそっとシーツをかけてやってから、俺は調理場に移動した。
まず確認するのは、保存庫の機能で解体されたヘルキマイラの素材である。
様々な動物の部位がミックスされた姿をしていた怪物は、部位ごとに全く味が違うらしい。元となった動物に似ているが全く同じではなく、どこも非常に美味なんだとか。
ただ、俺たちとの戦闘で相当なダメージがあったせいか、全ての部位がゲットできたわけではない。
それに、保存庫の機能によって自動で付けられた名前に、少し気になる表記があった。
死獄混成獣というのがヘルキマイラのことらしいんだが、殆どの素材に劣化という冠詞が付いている。
劣化死獄混成獣の獅子頭とか劣化死獄混成獣の肉とか、そんな感じだ。検証するために、解体した肉を取り出してみる。
すると、劣化の意味がよく分った。本来なら弾力のある赤身に、適度な脂身の入った背中の肉のハズなんだが……。
「臭いな」
触るまでもなくパサパサだと分かる。肉から水分や肉汁が失われ、劣化としか言いようがない状態だった。しかも、長時間放置したかのように腐りかけだ。
そこで、俺は思い出す。ヘルキマイラが蛇の尾から毒を吐き出した時、肉体の一部が干乾びて縮んでしまったことを。
劣化したのは、あれのせいじゃないか? 生命力を絞り出して毒に変換したせいで、全身が劣化してしまったのだろう。
劣化した肉を焼いてみたが、とてもではないが食べられたものではなかった。なんせ、焼き上がった肉塊は、俺の料理魔法で食用認定されなかったのだ。
「せっかく、しばらくは食料に困らないと思ったのに……」
魔石も、この魔獣にしては驚くほど小さく、魔力も弱い。
あの毒はそれだけ力を絞り尽くさねば放てない代物だったんだろう。竜の力を得ていなければ、俺もシロもクロも危険だったかもしれん。
「ああ、でも一部は無事か」
劣化を免れた部分もあった。牛で言えば、ロースやサーロイン、バラと呼ばれる部位の一部だ。
一部であっても無事だったのは、不幸中の幸いと言えるか?
肉は全部で50キロくらいかな? 50キロっていうとデカそうに思えるが、俺たちってば主食が肉だからね。今日は死にかけたせいで特別腹が減っていたとしても、強敵と戦うようになれば普段からの食事量も増えるだろう。
多分、他に獲物を手に入れずにこればかり食べ続けていたら、50キロあっても30日はもたないと思う。
一息は吐けるが、今後も食材を集めなきゃいけないことに変わりはなさそうだ。
「せっかくの最上級肉、一番うまい味付けで食いたい」
そこで必要となるのが、宝箱から入手した魔法のツボである。
「これがあれば、最高の肉料理が作れるはずだ」
メモをしっかりと読み込むと、『食欲の壺』という名前が記されていた。魂の記憶を読み取り、調味料を生み出す能力がある壺らしい。
ただ、どんな調味料でもというわけではなく、自身が一度でも食したことがある物限定であるようだった。
この自身が食したっていう部分が、重要だ。俺の場合、どうなんだ?
この世界にきてから口にした調味料なんて、たかが知れている。岩塩、トウガラシモドキ、ポーションなどだけだ。
これしか出せないんじゃ、壺を使ってしまうのは勿体なさ過ぎる。
前世が含まれるなら、相当な種類の調味料が候補に入る。メモの説明では、魂の記憶から再現するとあった。同じ魂なんだから、前世はありなんじゃない?
もっと言えば、神様に与えられた知識は? ポーション類の味なんかも、詳細にインプットされている。
中には、神癒薬と呼ばれるエリクサー的な薬の味の情報すらあるのだ。これがこの壺の量ゲットできてしまったら……? もう死の恐怖とはおさらばできるかもしれん。
俺は静かに興奮しながら、壺に手を伸ばした。
「ゴクリ……」
表面に触れながら、神癒薬を願う。
「……無理か」
知識にあるだけじゃダメなのか、薬を調味料扱いはしてくれないだけなのか。壺はうんともすんとも言わなかった。
残念な反面、ちょっと安堵してしまった俺がいる。壺いっぱいのエリクサーなんて、どう扱っていいのか分からんしな……。
上級傷薬などでも試してみたが、やはり壺は反応しなかった。
次は前世で食べたことがある調味料だな。これでも料理人志望だったし、色々と食べてきたのだ。
その中でも候補としては、醤油、味噌、カレー粉だろう。
「うーん……どうすっか」
カレー粉は、結局カレー以外には中々使えないからなぁ。それに、なんとなくカレーにはするなと、俺の中のゴーストが囁いている気がするのだ。
スープや鍋を頻繁に作っている現状、味噌でもいい気がする。ただ、焼き肉とかには醤油の方が使いやすいんだよな。味噌焼肉も嫌いじゃないよ? でも、どちらかと言えば俺はステーキ醤油派なのだ。
俺は生前に口にした中でも、最も美味しかった醤油を想像する。
お土産で貰った高級醤油。あれが一番だった。埼玉かどっかの老舗メーカーだったかな? 木箱入りで超お高いらしいんだが、誕生日に友人がプレゼントしてくれたのだ。
出でよ! 高級醤油! あの芳醇な味わいをもう一度!
「おおおぉぉぉ!」
俺が想像しながら願うと、壺の底から液体が湧き出した。色といい、匂いといい、完全に醤油だ! 夢にまで見た醤油が、今目の前に!
俺は壺に並々と入った液体に指を突っ込み、舐めてみた。
「ああ、醤油だ……」
しかも、液体から薄っすらと魔力が感じられる。もしかして、この醤油を使うだけで、料理に魔法効果が付くかもしれない。想像以上に良い物が手に入ったのだ。
「よし、これで最高の料理を作ってやる」
俺的、醤油を使った料理ツートップは角煮か生姜焼きなんだが……。ヘルキマイラの肉は、焼いた方が美味いらしい。
「なら、焼肉だな!」
醤油を使った焼肉……。想像するだけで、涎が出てきた! 今日の夕飯は最高の焼き肉だぜ!
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