44話 竜の喉と炎
紫色の煙が、俺に直撃する。咄嗟に呼吸を止めたが、目が僅かに痛み、刺激臭が感じられた。
「ぐ……ゴホッ!」
遅れて咳が出る。息を止めたとはいえ、その前に煙を吸い込んでしまったからな。咳をしたことで、さらに吸ってしまったのがわかる。
やはり、毒か? ただ、咳は出たものの、それ以上の影響が感じられない。
シロとクロは? 2人を見ると、激しく咳き込みながら倒れ込んでいた。思い切り煙を吸い込んでしまったんだろう。
俺は2人に駆け寄ると、風魔法で毒煙を遮断しつつ、聖魔法で解毒を試みた。
「にゃう……」
「わふ……」
青い顔をして痙攣していた2人の顔に血色が戻り、咳も涙も止まる。これで2人は大丈夫だろう。早めの解毒が功を奏したらしい。
以前、催涙ガスのようなものを放ってくる敵に酷い目に遭わされたことがあるので、その時の経験が活きたのだ。
ただ、俺は何ともないんだよな? シロとクロが僅かに吸っただけで倒れ込むほどの強烈な毒だったはずなんだが……。直接浴びた俺が、咳き込むだけってあり得るか?
いや、今は部屋に充満した毒をどうにかする方が先決だろう。俺は風の魔法で部屋中の毒を集めつつ、保存庫へと仕舞い込んでいった。
幸い、ヘルキマイラからの追撃はない。多分、この毒が奥の手だったんだろう。
3分ほどで部屋から紫色の煙が消え去っていた。最後に浄化を使えば、影響はほぼ消えたんじゃなかろうか?
「ガウゥゥ……!」
ヘルキマイラは驚いた様子だ。獅子の顔が唖然としている。
ただ、やつから未だに強い闘志を感じた。実際、見た目以上にまだ力を残しているだろう。感じられる体内魔力は、まだまだ俺たちなどよりも遥かに強大なのだ。
しかし、俺に最初のような恐怖心はなかった。
戦えると確信できたということもあるし、前ほどの圧倒的な差も感じない。俺たちが強くなったからというのもあるだろう。だが、それだけじゃない。
俺と融合した竜の血肉が、相手を獲物であると感じ取っているのだ。
こんな時なのに、腹が減るのが分かる。この美味そうな獣の肉を食わせろと、俺の腹が訴えている。
ギュルギュルと唸りを上げる腹の音を聞きながら、俺は生唾を呑み込んだ。
ああ……美味そうだ……。
「ガ、ガウゥ……」
なんだ? まるで怯えたような様子で……?
「シャアアァァ!」
「ガガァ!」
蛇尾がカパッと口を開ける。また馬鹿の一つ覚えみたいに毒煙か?
ヘルキマイラの全身が急激に痩せ細り、再びその口から紫色の煙が放たれた。先程よりも範囲は狭いが、その分俺の周囲に重点的に吐き出したようだ。
いや、同時に獅子頭が強い魔力を放つことで、風の結界を破壊しやがった。シロとクロを護っている結界は無事だが、俺が自分の周囲に張り巡らせていた結界は完全に壊されたな。
再び紫の煙を吸い込んでしまう。
「ゴホ……ゴホッ……」
ちぃ! 解毒を――いや、平気か? 粉っぽいせいで軽く咳込む。だが、それだけだ。肉体を蝕まれる、毒に冒されたとき特有の感覚がない。
もしかして竜の喉のお陰で、毒に耐性が付いたのか?
ただ、今度の毒は先程の物よりも多少強かったのか、咳が止まらない。同時に、おかしな感じの嘔吐感に襲われていた。
吐き気なんだけど、いわゆる胃からくる吐き気じゃない。もっと上? 肺の真ん中って言うか――。
「ウグッ……!」
熱いものが込み上げる。我慢、できない! 出る!
バフォォ!
は? え? 炎?
今俺、炎を吐いたよな?
こみ上げてくる何かをこらえきれず、口から吐き出そうとしたんだが……。まさか火が出るとは思わなかった。
一度炎を吐いたことで、それがどこから来たものなのか何となく理解できた。胸の中央に、魔力を秘めたナニかがある。
それがどんな存在なのかは分からないが、そこに魔力を集めれば先程と同じ何かが込み上げてくる感覚があった。
俺はその感覚に逆らわず、内に生まれた熱を吐き出す。
ゴウゥン!
今度は狙って火を噴き出すことができていた。喉が焼けることもない。
「ギャアアアァァ!」
しかし、それは紛れもなく高温の火炎だった。
ヘルキマイラの獅子頭が赤い火炎に焼かれ、情けない悲鳴を上げる。威力そのものはあまり高くはないようだが、とにかくコスパがいい。
火魔法を使うよりも少ない魔力で火を吐くことができた。まあ、一々口から吐き出さないといけないから、多少不便ではあるけどね。
牽制などでは使えそうだ。
ヘルキマイラの肉が焼けた良い匂いが、俺の鼻腔を擽る。
ああ、余計に腹が減った! とっとと、お前の肉を食わせろ!
「おおおおおお!」
俺は最も得意とする水針の術を発動した。たった1本の、細い針が生み出される。しかし、この1本に大量の魔力を込め、威力を最大限に高めている。
下級魔法でありながら、黒炎陣なみの消費だ。
こいつを撃ち込んでやれば――。
「ギイィィィィィィイィ――」
高速で回転する水の針が獅子の頭部を貫き、その奥に隠れた脳を貫いていた。
背筋が凍るような断末魔が響き渡る。
怪物は倒れ、物言わぬ肉の塊となったのであった。完全に食材に見えるし、保存庫にも収納できる。
「勝った……」
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