43話 ヘルキマイラの力
シロとクロの魔法によって、ヘルキマイラの右前足が千切れ飛んだ。
大量の青い血を垂れ流し、苦痛の声を上げる怪物。俺たちの力は、ちゃんとこいつに効いているぞ!
「グオォオォォォ!」
「キィィィィィ!」
獅子の頭は憎々し気にシロとクロを睨み、蝙蝠の頭は恨めしそうな目をこちらに向ける。尾も鎌首をもたげ、シロとクロを威嚇中だ。
唸り声には魔力が籠り、俺たちを近づけないようにしている。
だが、今の俺たちはこの程度の魔力で止まらなかった。
「次だ!」
「うにゃぁぁ!」
「わふー!」
ヘルキマイラの注意は、ほぼシロとクロに向けられている。俺より大人だし、自分の足を奪った相手だからな。
俺は足を止めずに奴の攻撃を警戒しながら、準備していた魔法を使用した。いくら広角視界を持っているとはいえ、足元に出現した魔法陣を瞬時に察知はできないだろ!
ヘルキマイラの右後ろ脚の真下に赤い魔法陣が出現し、そこから黒い炎が噴き上がった。後ろ脚だけではなく、背中や胴体にも火が燃え移り、怪物が悲鳴を上げる。
「ギャオォォオォ!」
「キイィィィ!」
黒炎の高熱により右後ろ脚は膝から下が半ば炭化し、残った部分も酷い火傷を負っているようだ。
全魔力の3割近くを込めた、本気の一撃だった。俺としてはこれで決まる可能性も考えていたんだが……。
想定以上に、ヘルキマイラの魔法への耐性が高かったようだ。
胴体の火はもう消え、毛が禿げる程度で済んでしまっている。
「でも、機動力は完全に奪ったぞ!」
前後の右足を失い、ヘルキマイラは移動できない。作戦はここからが本番だった。
ヘルキマイラの弱点は、二つある頭部の間にある巨大な目玉だ。ただ、頭部が邪魔をして普段は狙いづらい。
そこで、やつの足を潰して動きを止め、狙いをつけやすくするという作戦だった。
「我が敵を斬り裂き、討て! 輝く刃よ! 光刃です!」
「穿ち燃やせ! 炎槍!」
出の速い光の刃に、貫通力がある炎の槍。それぞれが弱点を狙いやすい術を放ち、攻撃をするシロとクロ。
クロの方がより難しい術を使っているのに詠唱が短いのは、彼女の方が魔力操作を得意としているからだ。
竜の腕は普通にパワーがあるだけではなく、魔力操作へ良い影響を与えているようだった。竜の腕を通して魔力を放出する方が、明らかに威力が高いのである。
だが、シロの竜眼が劣っているわけではない。
2人の魔法を蝙蝠頭が盾となって防ぎ、獅子頭が即座に反撃をしてくる。口から大量の炎を吹き出したのだ。火炎の舌が空気を焦がしながら、2人へと迫る。
しかし、火炎放射がシロとクロを焼くことはなかった。
「うにゃにゃにゃ!」
「わう?」
シロがクロの襟首を掴むと、跳び上がってその場を離脱したからだ。
シロの眼には、魔力の流れが見えている。その能力のお陰で、ヘルキマイラが火炎を吐き出す前兆を掴んでいたんだろう。
因みに、シロはすでに眼帯を外している。短時間なら、頭痛を覚えずに眼を使えるようになったのだ。
攻撃を回避した2人は、さらに魔法を放つ。しかし、弱点を狙った攻撃のことごとくが、蝙蝠頭に防がれてしまっていた。
幾つもの傷をつけられ、ズタボロの蝙蝠頭は大量の青い血を流している。だが、意地でも弱点は晒さないつもりなんだろう。蝙蝠頭は弱点である目を覆い隠すように固まっていた。
それどころか、不可視の攻撃を放ちシロとクロに反撃までしている。耳が痛くなるようなキィィンという高音が鳴り響くたびに、シロとクロの肉体に傷が穿たれるのだ。
多分、音波系の攻撃だろう。
これは、時間をかけ過ぎたらかなり危険だった。
ならば、俺もガンガン攻撃して、さらにダメージを積み重ねてやる。弱点を狙わずとも、倒せるほどにな!
今度はヘルキマイラの腹の下を狙って、黒炎陣を発動させた。両右脚を失っているヘルキマイラに逃げる術はなく、這いつくばる怪物の腹の下から黒い炎が溢れ出す。
「ギイィィィィイィィ!」
「キャァァァ!」
ヘルキマイラの双頭が、今日一番の悲鳴を上げた。さっき以上に魔力を込めたおかげか、腹部が炭化して血が流れだすのが見える。
獅子の口から黒い煙が漏れ出しているのは、内臓まで焼けたからか? 明らかに致命傷だろう。
しかし、ヘルキマイラはまだ死なない。それどころか、まだ生をあきらめてはいなかった。眼が、未だに死んでいないのだ。
「グルオオオオォォォォオォォ!」
獅子頭が大きな咆哮を発したかと思ったら、蝙蝠頭が急速に縮み始めた。その黒い皮膚は急激に皺を増やし、まるでミイラのように乾燥していくのが分かる。
干乾びた蝙蝠頭はそのまま萎んでいき、枯れ樹の枝のようになってしまった。
どういうことだ? 自分で、いらない部位を斬り捨てた?
直後、ヘルキマイラの体内で膨大な魔力が発せられる。俺たちは咄嗟に弱点を狙って攻撃を放つが、今度は獅子頭が盾となった。
次に異変が起きたのは、蛇尾だ。その根元が膨れ上がったかと思うと、何かが蛇の体内を上っていく。
蛇が、巨大な球を吐き出そうとしているかのような光景だ。いや、吐き出されるのはそんな生易しいものではなかった。
「シャァァァァ!」
蛇の口から放出されたのは、どう見ても健康に悪そうな紫の煙であった。
大量の紫煙があっという間に広がり、部屋を覆い尽くす。
「ぐ……ゴホッ!」
俺は逃げることもできず、煙の直撃を食らっていた。




