41話 カロリナと竜肉
今日はカロリナに会いに来ている。
「これ、お芋とお塩です」
「ありがとう。助かる」
カロリナに渡された麻袋には、緑色の芋が20個ほどに、岩塩の入った袋が入っている。俺たちにとっては本当に貴重な主食と塩だが、今のカロリナにとってはさほどの負担ではないだろう。
それくらい仕事が順調であるらしい。
実際、彼女はもうスラムにはいない。町中にある貸し家に移ったのだ。
正直、俺から見ても古くてボロい家だが、以前の板を適当に打ち付けただけの小屋よりは数倍綺麗だ。
それに、元々の住人が竜騒ぎの最中に亡くなっており、賃料もかなり安かった。なんせ、この家の中で火事場泥棒に襲われて死んだらしいのだ。つまり、訳あり物件という奴だな。
命の価値が驚くほど軽いこの世界であっても、人が死んだ家というのは不吉で、住むのに躊躇するものであるらしい。
だが、たとえ何か出るとしても、危険なスラムよりはマシだと考えたのだろう。カロリナはあっさりとこちらの家に移っていた。
一応、俺が部屋の中に浄化をかけておいたので、余程根性のある霊魂じゃなければ化けて出たりはしないんじゃないかな?
これで、体が万全になれば彼女の生活は安泰なはずだ。そう思っていたんだが……。竜の力を得た俺の治癒でも、彼女の傷はこれ以上良くならなかった。
俺の力不足というだけではなく、時間が経ちすぎてしまったようだった。彼女以外でも、古い傷程治癒の効果が下がるということは知られているらしい。もう俺の治療は意味を為さないようだった。
だが、彼女に「まだ恩を返しきれていないから絶対にまた家に来てほしい」と、念押しされているのだ。
治療行為をせずとも、塩や芋を貰いに来てほしいと半泣きで頼まれては断るわけにもいかない。
結局、俺は意味を為さない治療を続け、彼女から物資を受け取っている。
それに、今回は無意味な聖魔法を無駄に使うためだけにきたわけじゃない。
「どうだ? 決めたか?」
「はい。お願いできますか?」
「分かった」
実は、俺たちが竜の力を得て以降、彼女の下を訪れるのはこれが2度目であった。
その時に、天竜肉の料理を食せばカロリナの怪我が完治する可能性があると説明したのだ。
カロリナは、かなり驚いていたな。実は、天竜退治に参加した傭兵が、竜の肉を食べたという自慢をしているようなのだ。だが、彼らの肉体に変化が現れたという話は聞かないらしい。
多分、調理の仕方が悪く、劣化したんだろう。多少魔力は増しただろうが、その程度だったのかもしれない。
やっぱり魔法料理人はチートだな。しかし、天竜料理はいいことばかりではない。不安要素もしっかりと説明した。
俺にとっても未知の力である、竜の魔力が含まれていること。そのお陰で高い回復効果が見込めるが、肉体の一部が竜と化す恐れがあること。しかも、怪我によって竜化する部位が違い、カロリナの場合どのような効果が出るか分からないこと。
ああ、後は、力に耐えきれず死亡する可能性があるということもしっかり伝えた。
俺の竜化した喉も見せて、どうなってしまうのかもちゃんと教えてる。
そのうえで、カロリナは俺の料理を食べることを選択したのだ。
そんな彼女に対し俺は、段階を踏んで料理を食べてもらうことを考えていた。
〈『毒鼠と天竜肉の塩焼き、穴倉風』、魔法効果:生命力回復・小、体力回復・微、魔力回復・微、生命力強化・小、体力強化・微、魔力強化・微〉
〈『毒獣と天竜肉のハンバーグ、穴倉風』、魔法効果:生命力回復・小、体力回復・小、魔力回復・小、生命力強化・小、体力強化・微、魔力強化・微、竜の魔力・微〉
〈『天竜肉の煮込み、穴倉風』、魔法効果:生命力回復・中、体力回復・中、魔力回復・大、生命力強化・中、体力強化・中、魔力強化・中、竜の魔力・微〉
竜の魔力は、あえて抑えてある。それよりも、普通の料理に天竜肉をほんの少しだけ混ぜることで、生命回復などの効果を高めようと考えたのだ。
天竜核のスープはほぼ残っていないが、あれはさすがに飲ませられない。
俺たちが肉体の変異に耐えて生き残れたのは、迷宮で鍛えていたからだろう。一般人のカロリナが耐えきれるとは思えなかった。
そう考えると、竜の魔力・小くらいまでが限界なんじゃないか? それに、いきなり小を試すのは危険だ。そう思って、竜の魔力・微の物だけを持ってきた。
最初に食べてもらう予定の塩焼きに至っては、竜の魔力が残っていない扱いである。
事前に、俺の料理を食べるつもりならその日は食事を抜いておくように伝えていたので、彼女はしっかりと空腹なはずだ。
「まずはこれだ」
「これが、魔法の料理……」
テーブルに座る彼女の前に、毒鼠と天竜肉の塩焼きを置く。見た目は、炭火焼き鳥みたいな感じだ。香草を振りかけてはあるが、ガッツリ肉料理である。
俺が虚空から料理を取り出したこと自体に対しては、彼女は何も言わない。すでに俺がそう言った能力を持っているということは、伝えてあるのだ。
いやだってね、カロリナから貰った物資、外に出て仕舞い込むところを誰かに見られるよりもカロリナにばらした方が安全じゃん? カロリナのことはもう信頼しているしさ。
「美味しそうです!」
カロリナはそう言って、フォークで刺した肉を口に運んだ。そのままモグモグと咀嚼していると思ったら――。
「お……」
「カロリナ? どうした?」
カロリナが呻き声を上げて、急に動かなくなってしまった。竜の魔力は付いてないはずだが……。急に怪我が治って痛いのか?
「おいしいですよ! これ!」
「あ、そう。ならよかった」
「こんな美味しいお肉、食べたことありません! すごいです!」
バクバクと料理を平らげていくカロリナ、これなら次の料理も食べられそうかな? ハンバーグを出してやると、それも全くためらいなく口に運ぶ。
これには竜の魔力が籠っているってちゃんと説明したのに、一切の躊躇がない。それだけ俺を信用してくれて――。
「これもおいすぃぃぃぃぃ!」
美味さに我を忘れているだけか? 料理人としては嬉しいんだけど……。
「はぅ! なんか、心臓がドクドク……」
説明はちゃんと聞いてくれ!




