36話 天竜核の濃縮スープ
迷宮をなんとか脱出し、下水を進む。
だが、こんな時に限って、魔獣が姿を現した。呪いの効果で、引き寄せられているのか?
「く、そ……」
根っこの魔獣、ガブルルートだ。いつもなら瞬殺する雑魚だが、今の俺には荷が重い。水魔法を使おうとすると、頭が酷く痛んだ。
無理に魔法を使おうとするときに出る症状である。いくつもの魔法を同時に使い過ぎているからだろう。
以前、上級の魔法を使おうとしたら同じような痛みが出たので、諦めたのである。
それでも、これほど凄まじい痛みは初めてだが……。
「がぁぁっ!」
痛みがなんだ! こいつを倒さなきゃ、シロもクロも死んじまうんだぞ!
いいぜ、迷宮の悪意よ! 俺は、絶対に負けない。かならず、生き延びてやる! 生き延びて、呪いを絶対に解く!
そのためにも、ここでこんな雑魚にやられてる場合じゃないんだよぉ!
「うあああっ!」
制御に失敗した水の球が、ガブルルートを吹き飛ばした。体が粉々に千切れ飛んでいる。食べれる部分なんて残っていないが、今はこれでいい。
「シロ、クロ、もう少しの、我慢だぞ……」
絶対に、助ける……!
そのまま住処へと向かって再び歩き出したんだが……。
住処の手前で土の荷台が崩れ、壊れてしまっていた。シロとクロが、下水の通路に投げ出される。
なんとか水路に落ちることは防いだが、ここからどう運べば……。
俺が悩んでいると、2人の瞼が震えた。意識を取り戻したらしい。
「うにゃ……?」
「わう……?」
「2人とも、大丈夫か?」
「ぁ……」
「ぅ……」
ダメだ。気絶からは回復したが、意識はまだ朦朧としているらしい。しかし、俺が手を貸せば何とか立ち上がり、フラフラと歩くことができた。本当に僅かずつではあるが。
残り十数メートルの道を数分かけて進み、なんとか住処へと戻ってくることができた。そのまま2人を寝床へと誘導し、横たえる。
全員が疲労困憊だ。だが、これで助かったわけじゃない。外敵の恐怖から解放されただけだ。
俺の聖魔法では、これ以上の回復は望めない。スープも同じだ。延命されるだけだった。だが、これ以上の回復手段がない現在、本当に延命以上の意味がないのだ。
いや、延命にも足りないか? シロとクロの心音が、弱くなった気がする。顔色も、真っ青だ。
薬草を探す? どこかでポーションを手に入れてくる? シロとクロを助けるためなら、後ろ暗い手段に訴えることも厭わない。
でも、時間が――。
マズい、段々と意識が遠のき始めた。出血し過ぎたか? この状態で外に出たって、何ができる……?
そこで、俺はあることを閃いた。
思考能力が低下した今の俺には、もうこれ以上の案は思いつかない。
「……これが、完成したら……」
俺が取り出したのは、未だに未完成だった天竜の眼の煮込みである。
竈の上に叩きつけるように鍋を置いた俺は、ありったけの力と願いを込め、魔法を発動した。
なんでもいい、この料理を完成させるための火を!
全身から血の気が引くような感覚と共に、竈に火がついた。それは、黒い火だ。
黒い? なんで?
まあ、いい。火ならなんでも同じだ。とにかく、料理を――。
魔力が枯渇寸前で、意識が飛びかけている。このままでは、マズい。
俺は残った魔力を捻り出し、魔法の火を維持し続ける。
そして数分後、魔法料理人としての知識が、料理の完成を教えてくれていた。
〈『天竜核の濃縮スープ、穴倉風』、魔法効果:生命――力回復・大、魔力――力強化・大、体力強――魔力強――竜の魔力・極――〉
料理魔法が与えてくれる情報も、頭に入ってこない。ただ、凄まじい魔力を放っていることは分かる。
俺はそのスープを少々乱暴に深皿へとよそい、シロとクロの下へと運んだ。
「シロ、クロ」
「ぅに……」
「ふぁ……」
スープの放つ暴力的な香りが、2人の嗅覚を刺激したんだろう。眼を開けて、俺が床に置いた深皿を見る。
眼球も他の内臓も血も僅かな肉も、全てが琥珀色の液体に溶け込んで、具材は一切ない。半透明の美しいスープが、並々と注がれているだけだ。
しかし、魔力をそのまま注いだのかと思うほど、深皿の液体は濃密な魔力を放っている。
「にゃ……」
「わう……」
死相すら浮かぶ2人の顔にあって、スープを見つめるその目だけが爛々と輝いていた。生物としての本能が、このスープを求めているんだろう。
だが、飲む前に、言っておかねばならない。
「これを飲んだら、助かるかもしれない。でも、体が耐えきれず……死ぬかもしれない」
「!」
「?」
天竜核、それは竜の素材の中でも特に強い力を秘めている。万能薬にも勝る効能を持ち、大いなる力を与えてくれる代わりに、肉体が耐えきれずに死ぬ者も多い。
このスープは、天竜核の名前がしっかりと付いている。つまり、伝承の通り力を得て生き延びるか、耐えきれず死ぬか、分からないということだった。
だが、シロもクロも、その顔に恐怖心はない。
「のむ……」
「うん……」
もう、頷こうとしても微かにしか首が動かない。しかし、その顔には強い決意が浮かんでいた。
どうせ放っておいたって自分は死ぬ。それが分かっているんだろう。
「……分かった」
シロもクロも、もう皿を持つ力も残っていない。俺は2人の顔の横に、皿を置いてやった。
「「「……」」」
3人で一瞬見つめ合う。そして、誰からともなく頷きあうと、同時に皿に口を付けた。
親知らずを抜いたんですが、そのせいで鈍痛が酷く、執筆が進みません。
暫くは4日に1度の更新とさせてください。




