34話 死の足音
熱い。
影から伸びた触手によって貫かれた喉や胴体が、異常に熱い。
そして、一瞬遅れて凄まじい激痛が襲い掛かってきた。
痛い……!
痛いいたいいたいぃ!
熱くて痛くてどうにかなりそうだ!
聖魔法を使う。ほぼ無意識なくらいに。
「ぅあぁぁぁぁぁ……!」
喉の痛みが僅かに引き、かすれたような絶叫が迸る。ああ、叫んでいたつもりだったけど、上手く声が出てなかったのか……。
俺の聖魔法じゃ、これ以上は癒せない。ほんの僅かに痛みは引いた気はするが、それだけだった。
火傷するかと思うほどに熱い血が、手や顔を濡らす。意識が段々と白く濁っていく。
しかし、聞こえてきた叫び声が、俺の意識をギリギリ繋ぎとめる。
「うにゃぁぁぁ!」
「わうぅぅぅぅ!」
「あぁ……」
やめろ2人とも!
そう口にしたくとも、意味がある声は出ない。
ただ、首を上げ、見つめることしかできなかった。
激高した2人が、かつてないほど強力な魔法を放つ。だが、シロの風刃も、クロの闇刃も、影には全く効かなかった。
魔法は影の体をすり抜け、飛んで行ってしまう。
そして、影の姿が大きく変化する。
影の左腕が急激に膨れ上がると、巨大な竜の頭部のような姿になったのだ。ガパッと開かれたその漆黒の顎は、まるで獲物を見つけて舌なめずりをしているようだった。
漆黒の竜の首が、凄まじい速度でクロに向かって伸ばされる。
クロは躱そうと身を捩るが、逃げることはできない。
「ぎゃぅ……!」
次の瞬間、クロの右腕が竜の顎に食いちぎられていた。
クロは悲痛な悲鳴を上げながら、大きく弾き飛ばされる。地面を転がるクロに右腕はなく、傷口から流れ落ちる大量の血が地面を赤く染め上げた。
グチャグチャという気持ち悪い音は、竜の首がクロの腕を咀嚼する音だ。
同時に、影の頭部が大きく膨張する。
頭部から床に向かって伸びる細い針のような無数の触手は、まるで幽鬼の髪の毛のようにも見えた。
漆黒の触手が意志を持つように蠢き、一斉にシロに襲い掛かる。
幾つもの触手が、シロの左目へと殺到するのが見えた。
「にゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
シロの悲鳴と共に、その左目があった場所から血が噴き出すのが見える。
「うが……クロ、シロ……!」
せっかく、奴隷じゃなくなったのに……! 2人の人生は、これからだったのに……!
動け……! 動けぇぇぇ!
このままじゃ、とどめを刺され――。
「くふふふ……。素晴らしい精神力。素晴らしい才能。贄に相応しい」
影が、喋った? こいつ、喋れたのか!
しかも、その声は涼やかな女性の物だ。こんな場合じゃなければ、聞き惚れていただろう。
「印を刻んでおこう」
印?
俺がそれ以上の疑問を想い浮かべる間もなく、背中に鋭い痛みが走っていた。何かが突き刺さったのかと思う、一瞬の激痛。
背筋を反らして、呻くことしかできない。
だが、この痛みのせいで、完全に意識がはっきりとしたぞ。
俺は首をぎこちなく動かし、影を見上げた。相変わらず、目も口も鼻もない。しかし、俺には影がこちらを見て、ニタリと笑った気がした。
「生きていたら、迷宮の奥でまた会いましょう?」
まるで耳元で囁かれたかのようだ。はっきりと聞こえた。
そして、影は綺麗さっぱりと消え去った。最初からそこにいなかったかのように。だが、俺たちは全員が死にかけている。流す赤い血は、幻ではなかった。
助かったと安堵する間もなく、死の足音は俺たちにヒタヒタと迫っている。俺は何とか立ち上がると、クロに近づいた。
なんだ? クロの胸元に黒い模様が……? いや、今は回復が先決だ。
聖魔法を使うと僅かに血が流れるのが遅くはなるが、それだけだった。しかし、それでもかけ続けなくては、クロが死んでしまう。俺はポーションを取り出すと、それもクロにかけつつ治癒を願った。
同時に、水魔法でクロの体を持ち上げ、できるだけ静かに動かす。シロのそばへ行くのだ。
片方だけしか救えないなんて、絶対に許さない。俺は、2人とも助ける。絶対に。
クロをなんとかシロの横まで移動させると、ひたすら魔法を使い続けた。さらに思いついたのが、以前作り置きしておいた料理だ。
ポイズンビーストの変異個体のスープ。魔法効果に、生命力回復が付いていた。これを飲んだら?
まずは自分で飲んでみる。すると、流れ出し続けていた血が減った気がする。このスープを上手く飲ませられれば……。
「シロ、クロ、頼む……。飲んで、くれ」
血を失い過ぎてふらつく体と意識に鞭を打ち、俺は2人の口にスープを近づける。だが、飲まない。飲むだけの体力がない。
口の隙間に入れても、吐き出してしまう。それでも、僅かに飲むだけでも違うはずだ。そう信じて、俺は魔法を使いながらスープを2人の口へと運び続けた。




