32話 天竜の眼球の煮込み
天竜肉を食べてから5日後。二度の天竜肉煮込みで魔力を増した俺は、新たな天竜料理に取り掛かっていた。
作る料理自体は、同じような煮込みだ。だが、使う材料が違う。それは、俺と同じほどのサイズがある巨大な眼球だった。
正確には、眼球とその周辺器官だ。
硝子体や水晶体といった眼球内の部位だけではなく、そこに繋がる視神経や血管、その先に繫がっていた謎の器官の一部なども一緒に千切れてくっついてきている。
雑味や臭味を取るためには、これらを取り除く方がいいのは分かるが、それだとかなり勿体ない。
なんせ、天竜の素材は血の一滴ですら、強い魔力を秘めているのだ。そこで、色々とレシピを漁った結果、むしろそう言った雑味になる部分もすべて投入してしまうことにした。竜ほどの食材の場合、どんな部位でも美味しいようだからね。
5日間かけて取った竜骨の出汁に、竜の眼球周り、竜の血、手から取り除いておいた脂や筋なども全てぶち込み、塩と砂糖、トウガラシモドキなどを大量に投入して、後はもう雑味が旨みに変わるまで延々と煮続けるのだ。
ホルモンの煮込みに近い発想だろう。臭み取りはしていないが、新鮮な素材なので大丈夫なはずだ。多分。
とは言え、これは天竜肉の煮込み以上に時間がかかるだろう。魔力が上昇したので10分くらいは維持できるようになったが、それでも数週間はかかると思う。最低でもだ。
気が遠くなるが、俺はやる気だ。
5日経過して、天竜肉の煮込みによって上昇した魔力が一時的なものではないと確信が持てたのである。
さらに完ぺきな天竜料理を作れば、もっと強くなれるだろう。その力があれば迷宮をさらに進むことも、町から脱出することもきっとできるはずだ。
今の停滞した状況を打破し、シロとクロに未来を与える。そのためにも、焦らずじっくりと調理を成功させねば。
それからは迷宮で狩りや採取をしつつ、住処では天竜素材を煮込み続ける日々だ。
シロとクロと遊んだりもしたし、外へ採取にもいった。それでも毎日休まず、魔力切れになりながらも俺は煮込み続けた。
ただ、10日経っても、20日経っても、1ヶ月経っても完成しない。正直、そろそろモチベーションが……。
感覚的にもう少しで完成だとは分かるんだが、少しばかり飽きてきたのだ。
そこで、今日は久しぶりに全力で狩りをすることにした。最近はシロとクロに任せきりになってしまっていたしね。
「お! 久々に見るデカ蟹だ!」
「蟹です! 絶対倒すです!」
「うまうまカニー」
俺たちが発見したのは、毛ガニくらいのサイズの蟹たちだ。毒々しい紫色の蟹が3匹、通路の端に固まっている。
トキシッククラブといい、口から毒の泡を吐き出す殺人蟹であった。当然、その体には毒が含まれていて、少しでも食べると泡を吹いて死に至るらしい。
解毒のお陰で、俺たちにとっては御馳走だけどね。
それにしても、この迷宮は毒を持った魔獣ばかり出現するな。毒持ちじゃない魔獣の方が珍しいのだ。これもまた、この迷宮が不人気な理由だろう。
道中の魔獣を倒しても食料が得られないのであれば、長期の攻略は難しい。それに、持ち帰っても中々売れないだろう。
毒を活用すると言っても、素人じゃ難しいし。
まあ、そのおかげで俺たちは他の冒険者に出会うことなく、迷宮に潜り続けることができているんだが。
「せっかくだから3人で協力して倒してみようか」
「どーするです?」
「同時に攻撃?」
同時攻撃でもいいけど、それじゃ協力攻撃とは言えないだろう。やったことはないけど、もっと魔法を組み合わせるような方法がいい。
「シロ、あいつらの動きを止めながら、一か所に集められるか?」
「おまかせなのです!」
シロの風魔法によって生み出された旋風が、トキシッククラブたちを絡めとる。その体が風に煽られて持ち上げられ、そのまま一か所に集められた。
そこに、俺が生み出した水が覆い被さり、水柱の中に3体が閉じ込められる。
「クロ! 火魔法で、あの水を熱くできるか? 俺も手伝うから」
「やるー」
火魔法には熱を上昇させる魔法もあり、水を沸騰させるような使い方も可能だ。敵を熱したりもできるんだが、生物を熱で焼き殺すような使い方は難しかった。
熱伝導率の違いだけではなく、生物は魔力を持っているせいで非常に抵抗力が高いのだろう。熱操作で倒すなら、火をぶつける方が遥かに魔力消費が少ないのだ。
今回は俺の生み出した水だから、そこまで苦労はしないはずだ。俺も一緒に温度を上げるしな。
「あつあつになれー」
「よし! 沸騰してきた!」
普通の生物よりも生命力が高いとはいえ、下位の魔獣だ。沸騰したお湯に2分近く閉じ込められれば、ひとたまりもなかった。
「いーにおいー」
「おいしそーです!」
「確かに」
真っ赤に茹で上がった蟹が、いい匂いを周囲に振りまいている。
食事スイッチが入ってしまった2人をなだめながら、俺は蟹を収納して先へと進んだ。ちょっとやり過ぎたが、協力攻撃は上手くいった。
組み合わせ次第では、いろいろできそうだ。
そんなことを考えながら、小部屋へと足を踏み入れ――。
「!」
全身に鳥肌が立った。肌が粟立つ感覚というのは、こういうことを言うんだろう。凄まじいプレッシャーに、足が動かない。
「あぅ……」
「えぅ……」
シロとクロも、俺と同じだった。部屋の中央を見つめながら、固まってしまっている。
あれは、なんだ? 悍ましいほどの威圧感を放っている。あんな不気味で恐ろしいもの、見たこともない。
「黒い……影……?」
地面に映る影がそのまま実体を得たかのような、黒い黒い存在がその場にたたずんでいた。




