30話 天竜肉
「うーむ」
「トール、なにしてるのー?」
「美味しいものつくるです?」
俺が調理場で考えを纏めていると、シロとクロが期待に満ちた目で見つめてくる。また新しい料理を作ると思ったんだろう。
でも、今回はそうじゃなかった。いや、その前段階というか……。
「残念だが、まだ何を作るかも分からん」
「どーゆーこと?」
「分からないのです?」
「ああ。以前手に入れた、天竜の肉を調理できないかと思ってな」
1年以上前から死蔵していた、天竜の素材たち。
俺の魔力が足らず、全く食すことができずにいた。だが、今の俺なら何とかなるんじゃないか?
中級魔法の中でも、火と水は重点的に練習を重ねてきた。そのおかげで、短時間は維持し続けられるようになったのだ。
「りゅー?」
「おー、なんか言ってたかもです?」
2人には軽く説明したことがあったはずだが、すっかり忘れているらしい。まあ、その場で食べることができない謎の肉なんて、2人にとってはそんなものなんだろう。
そもそも、竜についてもよく分ってないみたいだしね。
「まずは、この肉を切るんだが――うーむ」
取り出したのは、天竜の手を解体して手に入れた肉塊だ。ずっと保存庫に入れていたため、手に入れた1年前と変わらない新鮮さを保っている。
最近気づいたんだが、保存庫の解体機能で肉を小さく切り分けるようなことはできなかった。あくまでも部位ごとに解体する機能であって、それ以上の細かい分類が難しいんだろう。
竜の手の肉から筋や脂を分離させたり、指と手の平、手の甲などに切り分けるまではできたが、それ以上はどうにもならなかった。
元が巨大なので、指一本でも大きすぎる。あとは自力で解体するしかないだろう。
俺は弾力がありそうな赤身肉に対して、包丁を入れようとしたんだが、すぐに諦めた。見た目は普通の肉っぽいのに、どうやっても包丁の刃先が入らないのだ。
新鮮であるがゆえに魔力が残っており、そのせいで竜としての高い防御力が残っていた。外に出しておけば魔力は抜けるだろうが、それでは竜肉を食べる意味がない。
天竜肉は、食べた人間に力を与えると言われている。俺の料理魔法による鑑定でも、そう出ているのだ。
部位や調理方法によっては、失った部位を再生させるような治癒力も備えるらしい。
そんな特上食材の魔力を抜くなんて、勿体なさ過ぎる。そもそも俺が天竜肉に目を付けたのは、竜の力を得ることでさらに強くなれないかと考えたからだ。むしろ魔力が重要だった。
「切れないのです?」
「竜すごー」
「ちょっと待ってろよ。風を纏わせて、こうして」
包丁に風の刃を纏わせ、なんとか肉を切ろうとするが、中々上手くいかない。結局、削ぎ切る感じになってしまった。
いびつな形の薄い肉3枚を、風魔法で貫通力を増した金串で突き刺す。その後、串を耐火の術で強化したうえで、火魔法で生み出した火で炙った。
ちょっと料理とは言えないようなやり方だな。それでも塩を振り、ある程度火が通ったら料理魔法が完成を教えてくれた。
〈『劣化天竜肉の炙り焼き、穴倉風』、魔法効果:生命力回復・微、魔力回復・微、生命力強化・微、魔力強化・微が完成しました〉
なんというか、残念な結果だ。最上級の素材を使ったはずなのに、効果が最下級魔獣と同じである。名前にも劣化って付いてるし。
「さて、味はどうだ? ほれ」
「にゃう」
「わふ」
焼けた肉を串ごとシロとクロに渡したが、2人は微妙な表情だ。あまり美味しそうな見た目じゃないしな。
それを皆で同時に口に含むが、誰も喋らない。
「……美味しくないな」
「です」
「かたいー」
何というか、薄くて平たいゴム? それになんか炭臭さみたいなものがあるし、旨みもほぼ感じられない。塩をかけてなかったら、呑み込むのにも苦労していただろう。
生まれながらに粗食に慣れ親しんできた俺をして、人生一番の不味さだろう。それでも、肉を無駄にしてはならぬと本能が吐き出すことを拒否したのか、必死に噛んで呑み込んだ。
「……もっと違う料理方法を考えるよ。2人はもう、あっちで遊んでな」
「わかったです」
「わう」
尻尾と耳がヘニャッとして、テンション急降下だな。悪いことをした。去っていく2人の悲し気な背中を見て、申し訳なさが湧いてくるぜ。
火力が不安定だったせいで、品質が劣化したっぽいよな。もっとじっくりと丁寧に火を通さないとダメなんだろう。
あと、直火じゃない方がいいか?
取り出した肉塊を観察する。
魔獣っていうのは、皮膚や鱗、骨などが異常に太く厚いので、取れる肉は僅かだ。特に竜はその傾向が強いらしく、体の大きさに対して可食部位がかなり少なかった。
それでも、もともとが俺の体よりも大きい、竜の手から切り出した肉だ。鱗や骨、余分な部分を除いてもかなり大きい。指一本分でも、二、三キロはある。
その中でも特に肉質が柔らかそうな手の平の部分を選び、風の中級魔法を使ってできる限り同じサイズに切り分けた。
拳大の肉塊を6つ作り出すと、大なべに魔法の水や薬味とともに投入し、じっくりと煮込む覚悟を決める。
鍋と竈に耐火を施し、後は中級火魔法を同じ出力で維持し続けるだけだ。いや、だけっていうか、それが一番難しいんだけどね。
竈の前で胡坐をかき、ひたすらに集中する。この1年で大幅に増したはずの魔力が、凄まじい勢いで減っていくのが感じられた。
久々に魔力が枯渇しそうだ。
5分後。俺は疲労困憊になりながら、鍋を保存庫に収納した。時間経過がない保存庫に仕舞っておいて、魔力が回復したら取り出して再び煮込む。
これを何度も繰り返せば、長時間煮込み続けたのと同じになるって寸法だった。
「問題は、何度繰り返せばいいか分からんてところだな」
何日かかることやら……。気が遠くなるぜ。




