3話 麦粥
俺だけしかいないテントの中で、今日も今日とて魔法の訓練を開始する。知識と技能は与えられているが、実際に使ってみないと分からないこともあるからな。
指先に精神を集中する。すると、暖かいモノが、体の中心から指先に集まっていくのが分かった。これが魔力だ。
「水作成」
俺の言葉に応えて、何もないところから水が湧き出し、深皿を満たした。
魔法に関する知識や技術を最初から与えられているおかげで、詠唱をかなり省略して魔法を使用できる。水作成の様な初級呪文であれば、呪文名のみでも発動可能だった。もっと練習すれば無詠唱でも行けるだろう。
因みに、この世界の魔法は精霊魔法だ。自分の魔力を使って精霊にお願いをして、魔法を使用してもらう感じである。
術を新たに習得するには、精霊魔法を何度も使って彼らとの繋がりを強め、自然と新しい魔法の詠唱が脳裏に浮かび上がるのを待つらしい。
そんな感じで精霊との繋がりが重要な魔法らしいが、精霊の姿を見たことはなかった。まあ、発動できているからいいけどね。
「水針!」
次に唱えた呪文の効果により、皿の中の水が小さい針となって浮かび上がる。俺はその針を操り、テントの中で動かした。時にはジグザグに、時には針自体を弾丸のように回転させる。
この世界の魔法は、魔力を介して精霊に伝えるイメージの強さや正確さによって、かなりアレンジが利く。同じ術でも、別物と言っても良い程に変わるのだ。
渡す魔力を増やせば威力も上げられるし、同じ術でも使用者で相当変わるだろう。
水針も、本来は水の針で相手を攻撃する、隠密性に優れた攻撃魔法だ。
だが、太さと具現化時間を調整することで、魚を捌く際に打つツボ針として使うこともできた。特に、精霊魚という全身が水で出来た魔魚を捌く際、水針でなくてはツボを刺すことができないらしい。
まあ、料理に必要なお陰で、魔法料理人としての知識で扱えるんだが。
俺は水の針にさらに魔力を込めると、強くイメージする。回転、回転、回転だ。水を圧縮し、高速で回転させるイメージだ。回転は正義なのだ。
「水針!」
水の針は高速回転しながら、地面に突き刺さった。抉れた地面を見て、その貫通力にガッツポーズをする。
まさにイメージ通りだ。俺はさらに水の針の数を増やして、別々に操ったり、合体させて巨大にしたりする練習を行う。
練習に水魔法を使うのにも理由がある。まず、テントの中で火魔法は論外だ。火事の危険もあるし、テント越しでも炎の光は目立ってしまうだろう。
土魔法は、テントの中が荒れるから避けたい。練習に使った土を戻すのにも、魔力を使うことになるし。
風魔法は、目に見えて効果が分かりにくいので却下。
結果、危険も少なく、テント内で使っても不自然ではない水魔法で練習をしているのだった。水魔法なら、多少こぼしても土に染み込むし、見た目も変化ないからな。
聖魔法も使えるが、これも健康体では試しづらい。因みに聖魔法は、毒抜きや、獲物の状態を保ったりするのに使用できるらしかった。
「細かい魔力操作も大分上達してきたな。もっと強い魔法も使ってみたいんだけどな~」
さすがに、テントの中で威力の高い魔法をぶっ放すわけにもいくまい。
「それにしても、名前からして結構ヤバそうな魔法もあるんだよな」
これは本当に料理に使う術なのか? と首をひねってしまう様な術も、神様から貰った魔法の知識の中には含まれている。
例えば火魔法の『黒炎殲滅陣』という厨二病チックな名前の術。竜の鱗さえ焼き尽くす漆黒の炎を生み出し、対象を包みこむというヤバげな魔法なのだが……。
料理の知識の中には、しっかりとこの術で作る料理が存在していた。竜素材を使った料理らしいが……。
現在の俺の魔力では発動すらできないので、悩んでもしょうがないんだけどさ。多分、攻撃に転用したらえげつない威力になるだろう。いや、逆か。俺の使う魔法のほとんどが、攻撃用の魔法を料理に転用しているのだ。
俺はその後も、水魔法による修練を続けた。
30分ほど魔法を使っていただろうか。体が強い倦怠感を訴える。
「魔力があとちょっとしかないか」
初めて魔法を使った日は、嬉しすぎて連続で使いまくってしまい、俺はあっと言う間に魔力切れを起こした。
こうなっても気絶するようなことはないのだが、指1本動かすのがつらい程の強い倦怠感が全身を包み込むのだ。
もし魔物との戦闘中に魔力切れを起こしたら、確実に命を落とすだろう。なので、魔力が枯渇する兆候をしっかりと覚えておくのが、非常に重要だ。
「今日はここまでだな。ご飯にしよう」
食事を作るため、俺は保存庫を開く。出て来いと念じたモノが、空間に開いた見えない穴から湧いて出てくるような感覚である。
これも魔法料理人に付随した能力だった。いわゆる時間停止マジックボックスである。しかも、自動仕分け、ソート、呼び出し機能付きだ。
容量はかなり大きい。体育館数個分とか、そう言うレベルだ。マジでチート職だよな魔法料理人。
取り出したのは、スプーンと包丁、鍋だ。保存庫の中には、神様からの餞別が大量に入っていた。
内容は、万能包丁、オタマ、菜箸、フライ返し、大鍋、小鍋、フライパン、まな板、漉し機、ざる、小さな台、スプーン×5、フォーク×5、ナイフ×5、箸×5、平皿×5、深皿×5、カップ×5、スープ皿×5、である。材料は一般的な鋼や陶器なのだが、その品質は最上級の品々だ。
他には魔力の光が自動で灯る魔導燭台が入っていたが、今の状況では危険すぎて使うことができない。両親に見つかったら最悪だし。
「まあ、この包丁だって、向こうの世界で使ってたやつよりも良い品なんだけど」
俺は胴体に巻き付いているロープを解くと、テントの入り口に向かった。隙間からその小っちゃい子供アームを伸ばし、外に生えている草を集中して探る。そして、手に触れた外の草をブチッとむしり取った。
「今日も雑草にしか見えんな」
これをどうするのかって? そりゃあ、食べるのさ。これが、俺の今夜の主食なのだ。いや、今夜というか、ずっとこればっかり食べてるけど。
「ふふんふーん♪」
見た目は、どこにでも生えている何の変哲もない雑草だ。テントの入り口前に、他の草と混じって僅かに生えている。町中を探せば、もっとたくさんあるだろう。
だが、俺に与えられた食材知識が、この草がただの雑草ではないと教えてくれていた。
これは「ヨルギン草」という薬草の一種なのだ。美味しいわけでもなく効能も微妙なので、わざわざ採る奴はいないが。間違いなく食べられる草だ。
草を手に入れるのは簡単だった。まずは、胴体に巻きついているロープをほどく。普通の4歳児には無理なのだろうが、中身が大人の俺には至極簡単なことだ。
そして、テントの入り口から手を伸ばし、手の感覚でヨルギン草を探して、これだと思った草をブチッと引き抜けば入手完了だった。
熱湯作成で鍋に少々の湯を張る。そして、洗ってみじん切りにしたヨルギン草を入れて、さっとかき回しつつ加熱の術で鍋をじっくりと沸騰させた。
色が出てきたら、親が残していったオートミールモドキを加え、最後に塩で味を調えれば出来上がりである。この塩は、母親が普段使っている物を少々失敬したものだ。
「よし、今日も上手くできたな」
意識を取り戻した2年前、俺は真っ先にオートミールモドキの改良に着手した。まあ、食材も調味料もないので、たいしたことはできなかったのだが。
それでも、ヨルギン草に火を通す時間などを調整することで苦みを抑え、ごく少量の甘みを醸し出すことに成功していた。正直、全く美味しくはないのだが、味なしオートミールモドキをそのまま食べるよりは数段ましだ。
それに、栄養価もそれなりに高いうえ、ヨルギン草の効能で整腸作用もあった。幼児の胃袋には何よりも優しいことが重要なので、ある意味良い離乳食と言えるかもしれない。
まあ、魔法効果っていうのを実感したことはないけど、ないよりはマシだ。
「あー、香辛料が使いたい」
貧乏ゆえか、このテントには塩以外の調味料がなかった。香辛料などあるはずもない。本当に残念である。
そのまま鍋をかき回していると、脳内にピコーンというアナウンス音が響いた。これは、料理魔法の効果だ。料理の完成を完璧なタイミングで教えてくれる術だな。
〈『ヨルギン草の麦粥・テント風』、魔法効果:生命力回復・微が完成しました〉
料理魔法が完成を知らせてくれる。因みに、名前は自動で付く仕様だ。
「じゃあ、いただきまーす」
美味しくもない粥を、よく噛んで食べる。心は大人とは言え、体は幼児。生前の感覚でかきこむと、胃がやられてしまうのだ。
あれは本気でやばかった。聖魔法のおかげで大事には至らなかったが、それ以来食事の仕方には気を使っている。
「うーん。やっぱ塩以外の味付けが食べたい」
ジャンルを間違って恋愛になっておりましたが、ファンタジーに変更いたしました。