20話 Side カロリナ
Side カロリナ
「雑貨屋はこっちでしたっけ……?」
謎の少年に目を治療してもらった翌日。私は元職場へと足を運び、なんとか解雇を撤回してもらいました。
まだ目も体も本調子ではないけれど、腕が動いて字が書ければなんとか写本はできますから。普段だったら、きっと取り合ってもらえなかったでしょう。
でも、今は緊急事態。火災のせいで本がたくさん焼けてしまい、書写士が1人でも多く必要です。神殿の本などは、少しでも早く作らないといけませんし。
そのため、なんとか雇い続けてもらえたのでした。
まだ補助用の杖は必要ですけど、次にあの少年に癒してもらえば普通に歩けるようになるかもしれません。
一体何者――いえ、私なんかが知らない方がいいです。きっと、普通のお方じゃありませんから。
たまたま町に来ていたという大神官様が聖魔法を使ってくださったのですが、私の目は治せないと言われました。
目を焼いたのが魔力の籠った炎だったせいで、治療がしづらいらしいです。
もっと強い魔法なら治せると言われましたが、私が奴隷になったとしても払えるような金額じゃありませんでした。
それが、1回の治療で少しだけでも改善したんですよ? 凄い効果です。
子供に見えましたが、喋り方といい聖魔法の実力といい、絶対に普通の存在ではありません。
最初は天使様か精霊様かと思いましたけど、身分を隠したエルフの方にも思えます。まあ、どのような素性の方でも、私にとっては救世主。たとえ悪魔であったとしても構いません。
本当に天使様なのかもしれません。あんな凄い治療を施されたのに、対価が僅かな食料や雑貨だなんて……。ありえないでしょう?
話し方は少しぶっきらぼうで、天使様っぽくありませんでしたけど。
ともかく、あの方のことは拷問されたって他人に話すつもりはないですし、頼まれたことには全力でお応えする所存です。
まずはしっかりとお金を稼いで、天使さんが所望されている塩などを購入せねば。
そんなことを考えながら道を歩いていたら、前から兵士が歩いてきました。
突き飛ばされた時のことを思い出し、身構えてしまいます。でも、兵士たちは私に何かすることもなく、少し手前で立ち止まりました。
そこは、薬草なんかを売っている薬屋です。今は薬草が品不足だから、とても高くなっています。そのせいで、私は薬草も買えなかったのですから。
案の定、兵士たちがお店のお婆さん相手に値切り交渉を始めるのが聞こえてきました。私はその近くにさりげなく立ち止まり、彼らの会話に聞き耳を立てます。
天使さんはヒッソリ暮らしたいと言っていました。どこに住んでいるのかは知らないけれど、普通に出歩けないのかも?
だったら、町の情報なんかを集めていけば喜んでもらえるかもしれません。
「上物の毒消しをその値段って、ふざけてんのかい? 3倍は出しな」
「どうしても毒消しが必要なんだよ!」
「生肉でも食って腹下したのかい?」
「ちげーよ! だったら安いやつで十分だろうが」
高い毒消しって、何があったんでしょう? あれって、強い魔獣の毒とかに使う薬でしたよね? スラムなんかにいるポイズンラットくらいでしたら、安い薬で十分ですし。
「ポイズンビーストの変異個体が出たんだよ! そいつ1匹に騎士が3人、兵士が6人殺られたんだ。しかも、毒を浴びちまって動けないやつが10人もいる」
「魔獣1匹だけなんだろ?」
「変異個体なんて、普通は騎士10人が犠牲を出しながら倒すような相手だぞ? 死者出さずに戦おうと思ったら、盾と矢を準備して20人掛かりで戦わなきゃならん相手だ」
「はぁ? なんでまたそんな魔獣に? あの強欲領主が迷宮探索でもさせたのかい?」
お婆さんの不敬罪になってもおかしくない言葉にも、兵士は怒った様子もなく力のない声で言い返す。それだけ余裕がないんでしょう。
「迷宮から外に出てきたんだ……」
「……迷宮から、魔獣が出てきたって?」
「ああ。あの竜が暴れた日から、たまに魔獣が出てくるようになってよ。しかも、今まで確認されていなかったような深い層の魔獣がな! 普通の傭兵共がたどり着けてないような、ヤバい場所にしかいないはずなんだ」
「そんなの……大丈夫なのかい?」
薬屋のお婆さんが、上ずった声で驚く。私も、そんな話聞いたことないけど、迷宮が育つとたまにある話だそうです。
魔獣が外に出てくるようになったり、異界から人間界側へと浸蝕が始まって出入り口が増えたり、様々な異変があるのだとか。
これからこの町はどうなってしまうんでしょう……。
「しかもその後、スライムの上位種……アシッドってやつに4人も殺された……。毒消しがなけりゃ、人手が足りん!」
「どっちにしたって、10人分もないよ」
「あるだけで構わねぇから!」
騎士や兵士をあっさり殺してしまうような魔獣が棲んでるなんて、やっぱり迷宮は恐ろしいところです。
「でも、なんか強い騎士がいるって話じゃないか? そいつがいれば何とかなるんじゃないかい? あの竜とも戦ったってんだろ?」
「……無理だよ。あの人、普段は何もしねぇから」
「はぁ? どういうことだい?」
「そのまんまの意味だよ。普段は与えられた部屋でダラダラしてるか、巡回に付いてきてもただ突っ立ってるだけなんだ。あの人が実は強かっただなんて、俺たちも初めて知ったよ」
昔はすごく有名だった騎士が、領主の食客になっているようです。でも、ろくに仕事もしないから評判は最悪みたいですね。
ただ、あの怪物――竜を相手に傭兵たちと一緒に戦って、手を切り落としたのがその騎士なんだとか。
そんなことができる騎士がこんな町にいたなんて知りませんでした。
「子供嫌いって話も聞いたけど、どうなんだい?」
「ああ、それもなぁ……。逃げた獣人のガキどもを見つけたって聞いて、スラムに行ったんだ。でも全然違っててよ。普段だったら放置なんだが……」
いつもは何もしないその騎士が、スラムの子供を痛めつけて笑っていたそうです。恐ろしい。
天使さんは大丈夫なんでしょうか? 次お会いした時にこのお話を伝えた方がいいかもしれません。