2話 両親
俺が転生してから、4年が経った。とは言っても、意識を取り戻したのは、2歳半ばのことなのだが。
脳の成長具合によるものなのか、他に理由があるのか、赤ん坊の頃には意識があまりはっきりとしていなかった。長い間、眠っていたような感覚だ。
意識がはっきりと覚醒し、自分が転生者であると自覚できたのはつい1年ほど前のことだった。
実の母親とは言え授乳とか気恥ずかしいので、都合が良かったと言えば良かったのだが。
その1年間で、色々と分かった事がある。まず、俺の名前は『トール』だ。黒目黒髪のプリティボーイである。
姓がないことからも分かる通り、両親ともに平民である。むしろ、平民以下と言えるかもしれない。両親は貧乏な傭兵なのだ。
ああ、傭兵というのは迷宮探索や護衛仕事、素材の入手以外に、略奪や密輸なども行う質の悪い何でも屋という感じの職業らしい。
普通の家だと、子供が生まれた時に神殿か魔術師の下に連れて行き、魔法の適性を調べる。しかし、俺の両親は金をケチって、適性確認を行わなかった。
まあ、俺が魔法を使えることが分かっていたら無理にでも売り飛ばされていただろうから、いいんだけどさ。
俺の両親は、僅かな寄進さえ躊躇するほどの超絶貧乏だった。
そもそも、家がない。テント暮らしである。一応、冒険中に使用するための頑丈な魔獣革製のテントだが、普通は下級傭兵であっても安宿に泊まっているらしいので、それに比べても貧乏だった。
6畳ほどの大きさのテントで寝泊まりをしながら、両親は日々一攫千金を狙って迷宮に潜っている。迷宮についてはあまり詳しくはないが、神が作った謎の存在で、宝や魔獣が湧いて出る場所だそうだ。
そして、最も重要なことだが、両親はクズだった。それはもう、清清しいほどの最低人間なのである。
俺だって、転生には少しは夢を見ていた。優しい両親に転生のことを打ち明けられずに悩んでみたり、メイドに赤ちゃん言葉を使われて困ってみたりしてみたかった。
「私がお母さんよ?」
とか言われて、苦笑いすることを夢見ていたのだ。だが、実際に聴いた言葉と言えば。
「ちっ。ガキの世話なんざメンドクセェ!」
「適当に転がしときゃいいだろうさ。死にゃしないよ」
という感じの、最悪の会話ばかりだ。あまり今世の両親を悪くは言いたくないが、どう贔屓目に見ても、クズとしか言いようがなかった。
何せ、最終的には俺を人買いに売ろうとしている。俺も、その衝撃の事実を知ったのは1月前のことなのだが。
「あんた、飯だよ」
「おう……。ちっ、今日も麦粥か」
「金がないんだ。しかたないだろ」
「くそっ。ガキが早く売れる齢になれば」
「まだ1年かかるねぇ」
「誤魔化して売っちまえねぇか?」
「人買いどもは魔道具で年齢を調べられるから、無理だろうよ」
という会話を聞いてしまったのである。ガキというのは俺のことだ。あろうことか、奴隷商人に売るだと? これ、結構ピンチなんじゃないか?
それから数日後、その日も両親はなんだかんだと愚痴を言い合っていた。
「3日も潜って、銀貨1枚にしかならねーとか、ありかよ!」
「あんたがしくじってポーション使っちまったからだろう!」
「仕方ねーだろ!」
「アレにも飯を食わせなきゃいけないから、また暫くは粥だよ」
「ああ! なんでガキのために俺らが我慢しなきゃならねぇんだ!」
「食わせなきゃ死んじまうんだ。仕方ないだろ! だいたい、あたしは産むつもりなかったのに、あんたが子供は売れるから産めっていったんじゃないか!」
「5歳にならなきゃ売れねーって知らなかったんだよ!」
その後も繰り広げられた両親の最悪な会話をまとめると、ヒュームの子供は5歳からでないと売れないらしい。幼すぎては、買い手が付かないし、簡単に死んでしまうからだ。
それと、子供の売却価格は小金貨5枚、5万ゴールド程になるという。これは、庶民の1ヶ月分の生活費だ。
少ないようにも思えるが、人間の命が安いこの世界では、その程度のものなのだろう。それまでは、仕方がないから面倒を見ようと会話していた。何とも酷い話だ。
因みに、小銅貨1枚で1円くらいの感覚で、10枚で大銅貨1枚だ。小銅貨→大銅貨→小銀貨→大銀貨→小金貨→大金貨→オリハルコン貨となる。
しかし、本当に売り飛ばすまで生かす気があるのか、俺の扱いは雑の一言だった。
暴力こそ振るわれないものの、食事はクソまずいオートミールモドキ。当然、栄養など一切考慮されておらず、俺の体重は同年代の幼児たちと比べても大分軽いだろう。
しかも、長期間放置される。両親は傭兵なので、長い時には4日ほど迷宮に潜りっぱなしになるのだ。その間、俺はテントの支柱にロープで繋がれ、置き去りにされた。
食事は、オートミールモドキを大量に皿に盛り付け、犬の餌の様に無造作に置いておかれる。水も同様だ。
俺だから良いものの、普通の幼児であれば確実に死んでいるだろう。
最も可能性が高いのは、脱水や飢餓による衰弱死だ。だが、オートミールモドキを喉に詰まらせる窒息死や、物取りや暴漢に襲われる可能性だって十分にある。
記憶を取り戻すまで、良く生きていたなと思うぜ。
もしかしたら、本当に死んでもいいと思っているのかもしれない。読み書きができたり、獣人の子供であったり、魔法や特殊技能の適性があればもっと高く売れるらしいが、両親は俺にそこまでの期待はしていない。
そもそも、自分たちが読み書きもできないので、俺に教えるなど無理だし。魔力に関しても、まさか自分たちの子供が良い属性を得ているとは思ってもいないようだった。
手抜きをして育つのであれば育ててもいいが、適当にやって死んでしまってもそれはそれで構わない。そう考えているのだろう。
これが生まれ運がないって事なのねって、心底納得できてしまうのだ。
ということで、俺の当面の目標は生きること。そして、5歳になる前に両親の下から逃げ出すことだった。
そう考えると、普段は両親が家にいないというのは都合が良かった。神様からもらった魔法料理人としての能力の検証が、人の目を気にせずに行える。
俺が日課としているのは、魔法の練習だ。何せ、魔力を操るなど前世では全く縁のなかった行為である。知識や能力を与えられてはいても、実際に使ってみないと感覚が掴めない。
「じゃあ、今日もやりますか」
絶対に、逃げて生き抜いてやる!




