17話 ポイズンビースト
「ウゴォォ!」
俺たちの前に立ち塞がり、唸り声を上げる巨大な獣。いや、子供視点からは超巨大に見えるけど、せいぜい大型犬サイズだろう。
しかし、俺たちにとっては凄まじい脅威であることに間違いはない。
「にゃぅ……」
「わう……」
シロもクロも耳をペタリと寝かせ、完全に怯えた表情だ。
牙を剥き出しにするポイズンビーストの目は、確実に俺たちを捉えている。
気圧される様子から与しやすい獲物として認識されたのか、その顔にニタリとした笑みが浮かんだ気がした。
ポイズンビーストの放つ魔力は、今まで戦ったどんな魔獣よりも強力だ。俺の知識では毒にさえ気を付ければさほど強くはないとなっているが、俺たちにしたら強敵だろう。
倒せば大量の肉をゲットできるだろうが、死んでは意味がない。
ここから、逃げられるか?
「ウゴオォォ!」
ダメだ! 俺たちよりも奴の方が速い!
「壁よ!」
恐るべき速度で突進してきた相手を見て、土魔法を使用した。何か明確な意図があったわけじゃない。咄嗟に使ってしまっただけだ。
土壁が一瞬でせり上がり、間一髪魔獣を受け止める。しかし、何とか突進の威力を削いだものの、一撃で砕かれてしまった。
壁の出来がいまいちだったのだ。失敗したわけじゃないぞ? いや、失敗したんだけど俺が悪いんじゃなくて、ここの地面や壁が変なのである。
妙に魔力の通りが悪いというか、土魔法に対する抵抗力が高かった。
もしかして、魔力が高いものは操作しづらいのか?
ともかく、狙いよりも遥かに薄い土壁しか生み出すことができず、ポイズンビーストの体当たりで崩されてしまった。
目の前に、巨大な口があるのだ。吐息の生臭さが感じられる。怖い。しかし、チャンスだ!
「や、やれ!」
「うにゃー!」
「わおーん!」
俺の声に反応し、シロとクロが弾けるように動き出した。2人揃って少し右にズレて俺から射線を外すと、訓練で身に着けた魔術を放つ。
「闇よ斬れ。闇刃」
「風よ断て! 風刃!」
俺の想像以上に2人の動きは速く、滑らかだった。即座に詠唱を行い、全く危なげなく魔法を発動して見せたのだ。
2人が放った魔法が、ポイズンビーストに直撃する。
「ギョオォォン!」
「やったです!」
「やた」
「まだだ!」
ポイズンビーストの毛皮が切り裂かれて血が噴き出すが、倒せてはいなかった。
シロとクロはこれまでほぼ一撃で魔獣を倒せていたので、今回も倒せたと思ってしまったのだろう。
だが、このポイズンビーストは、強さも大きさも今まで戦ってきた魔獣の比ではないのだ。あの程度の傷では足止めにもなっていない。
喜んで足を止めてしまった2人に、赤黒い巨体が飛びかかる。
「ガアォォ!」
「ひゃぅ!」
「ひう」
迫りくる巨体に竦み上がり、2人の動きが止まってしまった。マズい!
俺は2人の前に飛び出しながら、魔法を連打した。無詠唱なのでヘロヘロだが、至近距離ならこれでも当たるだろ!
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
「グガァァ!」
俺が放った数本の水針がポイズンビーストの顔面に突き刺さり、両眼球や口内を貫く。だが、勢いがついた巨体がそれだけで止まるわけもなく、俺はポイズンビーストともつれあいながら地面に投げ出された。
「ぐ……」
背中から床に叩きつけられ、息が詰まる。
俺の上にのしかかるポイズンビーストの体が、ビクンビクンと震えているのが伝わってきた。まだ死んでないのか?
止めを刺さなくては……。
しかし、全身が痺れていて、上手く動かない。ポイズンビーストの毒のせいか? 触れた直後にここまで効果が出るとは!
これは、本格的にヤバイ。
すると、そこにシロとクロが突っ込んできた。
「うにゃぁぁ! トールからはなれろぉ!」
「わうー! トールゥゥ!」
錯乱状態で魔法を使いまくる。その度にポイズンビーストの体から血が舞い、その体が大きく震えた。
そして、ポイズンビーストが完全に動かなくなった。料理魔法により、食材に見える。
ようやく死んだらしい。保存庫に収納して、その巨体を消し去る。俺の体を押さえつけていた重みが、ようやく消えてくれた。
「トール! だいじょぶ!?」
「トール、ぶじ?」
「あ、あ……」
麻痺が抜けん。口が上手く回らない。
血が大量にかかったせいだろう。俺はまずは自身に解毒を使用した。何度か使うと、痺れが消え去る。
無詠唱を練習しておいてよかった……。ただ、倦怠感は残るな。体力と魔力を消耗したせいだろう。
「もう大丈夫だ……」
「うわーん! よかったですぅぅぅ!」
「トールゥゥゥゥ!」
「ま、まて! 抱き着くな! いぎぃ!」
凄まじい激痛が俺を襲った。どっかの骨が折れているらしい。あばらかな?
しかも、俺の制止も聞かずに跳びかかってきた2人が、そのまま麻痺状態になってしまう。なんせ、俺にも周囲にも、ポイズンビーストの血が大量に飛び散っているからな。
「あ、あえ……? くちへんれす……」
「あうー? へんー」
「お前ら……。ちょっと、待て」
とりあえず解毒を使って、2人を回復してやる。周囲の血にも解毒をかけておこう。
その後、ポーションを取り出して飲んでいると、部屋の中央が光り輝くのが見えた。また敵か? 倦怠感を押して身構えるが、光の中から現れたのは魔獣ではなかった。
むしろ、無生物?
「はこです」
「はこー」
そう、出現したのは3つの木製の箱であった。