16話 壁の向こうの異界
魔石や素材の売却に失敗してから数日。
俺たちは意を決して、下水道の奥へと足を踏み入れていた。
今までは住処の近くだけで活動してきたんだが、下水の探索範囲をかなり伸ばす計画を立てたのだ。
なんせ、シロとクロがまだ追われているとなると、下水の外には出れんからな。それでも食料を豊富に手に入れようと思ったら、ここで探すしかない。
カロリナはまだ治療途中で、自分が生きるだけで必死だからね。
住処の近くばかりで狩りをしていたら、獲物が減ってしまう恐れもあるし、今のうちに狩場を探しておこうと考えたのだ。
風の魔法で匂いを抑えながら、下水道を進んでいく。
道中、ガブルルートを狩ることはできたが、収穫はそれだけだ。やはりこの場所だけで食料を賄うのは難しいよなぁ。
そう思っていたら、下水の奥で新しい生物を発見していた。
「わう! なんかいるー」
「ちっこいです!」
「あれは、シックボールだ! 2人は絶対に近づくなよ」
「わかったです!」
「りょー」
俺たちが発見したのは、モゾモゾと蠢く灰色の毛玉だった。汚いモップみたいな外見だが、れっきとした魔獣だ。
その名前の通り、体内に様々な病気を持つ厄介な魔獣である。
戦闘力は低いものの、普通は相手にすることはなかった。なんせ、体液が掛かっただけで病気になることがあるし、素材も碌に取れない。
だが、俺たちにとっては狙い目の魔獣である。こいつはしっかりと浄化してやれば、食用になるのだ。
味は美味しくないらしいが、食えるなら十分だった。
魔術で仕留めた後、念入りに殺菌の魔法を掛け保存庫に放り込む。
可食部位はメチャクチャ少ないので、何匹も狩らないといけないがな。それに、シロとクロだけで狩らせるのも怖いのだ。
2人だけでシックボールと戦ったら、病にかかってしまうかもしれない。俺の聖魔法は食材の段階で殺菌はできても、体内に入った病原菌にどこまで効くか分からなかった。
やっぱり、食糧事情の大幅改善とはいかないな。
そうして何かないかと探しつつ歩いていると、シロが足を止めた。
「どうしたシロ?」
「うーんと、なんか変です?」
「変?」
「なんか変なのです!」
シロ自身もよく分かっていないらしい。不安げな顔で周囲を見回している。すると、今度はクロが鼻をヒクヒクと動かし始めた。
「わうー?」
「クロも何か感じるのか?」
「んー?」
シロとクロは獣人だ。俺よりも感覚が鋭い可能性が高い。そんな2人が同時に異常を感じるなど、絶対に普通じゃないのだ。
俺も気持ちを落ち着け、周囲の気配を探ってみた。
すると、壁から微かに魔力が漏れ出しているではないか。
俺がその壁に近づくと、シロとクロも異変の大元に気付いたらしい。
「ここです!」
「ここー」
「変な感じです!」
「うん」
シロとクロはこの微量の魔力を感じ取っていたようだ。やはり、獣人は五感に相当優れているんだろう。
「2人とも、少し離れてろ」
俺はシロとクロを下がらせると、壁に向かって土魔法を使用した。住処に出入りするための術と同じものだ。
すると、壁に穴が開き、その奥に空間が現れたではないか。
「通路……?」
俺たちがねぐらにしている古代遺跡とは、少し違う雰囲気だ。
石材の雰囲気などは似ているが、埃も少ないし、何より明るい。どこかに光源がある? 古代遺跡と違い、何かの息吹が感じられる気がした。使用感があるというか、施設がまだ生きている感じがするのだ。
壁がなくなったことで、漏れ出す魔力がよく分かった。深い知識があるわけではないが、魔力が濃い方が魔獣が多いということは知っている。
なら、この奥なら魔獣がいるのではないか? 不思議なことに通路内は全体が薄ぼんやりと光っており、全くの闇ではない。
これならなんとか進めるだろう。
問題は魔獣の強さだ。
俺の魔術があるとはいえ、手に負えない魔獣が出現したら? 全滅確定だ。
だが、食料を得られる可能性は十分ある。
「……奥を、確認してみよう」
「はいです!」
「わかったー」
「でも、命だいじにだ。慎重に慎重を重ねて進むぞ」
通路は左右に伸びているが、どっちに行こうか……。
「とりあえず、右へと行くぞ」
先頭は俺が務め、2人は後ろを警戒してもらう。一歩一歩慎重に隠し通路を進んでいくと、その先は行き止まりになっていた。
いや、行き止まりというか、天井に大きな穴が開いている。上を見上げても、先が見通せないほどに長い穴だ。
もしかして、落とし穴的なものの落下地点? それとも、縦穴を降りてようやくたどり着ける場所ってこと?
ともかく、こっちは進めない。
「一度戻ろう」
「はいです」
「うん」
引き返して今度は左へと進むと、その先には小さな部屋があった。直径15メートルくらいの、うす暗い部屋だ。
「ここは――っ! シロ! クロ!」
「にゃう!」
「わふー!」
俺がそいつを発見したのとほぼ同時に、シロとクロも戦闘態勢を取っていた。
「ウガァァ!」
「獣……? 気を付けろ! ポイズンビーストだ!」
部屋の隅で丸まっていたのは、大型犬ほどもある獣であった。赤茶色の毛並みに、口から滴り落ちる紫色の液体。
こいつは全身に毒を持つ魔獣、ポイズンビーストである。ポイズンラットよりも遥かに強力な毒を持ち、危険度は段違いの相手だ。
俺なら解毒して食べることもできるが……。
「その前に、倒せるのかよ……!」
勝てるかどうかが問題だった。




