150話 旅路
「麻痺毒、効いてきたみたい!」
「ブラック! 今だよ!」
「よっしゃぁ!」
マキナとシュリーダの声に反応して、ブラックが飛び出す。トサカ頭のヤンキーが突進する相手は、同じように突進してくる砂色の鱗を持った巨大な竜だ。
「おらあぁぁぁぁ! 受け止めてやったぞこらぁ!」
「ガァァァ!」
弱っているとはいえ、その攻撃を真正面から受け止めるとは思わなかった。チートも使っているのだろう。
「にゃにゃ! 聖光刃です!」
「わう。獄炎穿槍」
悪魔との戦いで習得した、中級魔法をシロとクロが放つ。白い刃と黒い槍が絡み合うように混ざり合いながら、デザートドラゴンの前足に突き刺さった。
あの時のように特殊な魔力を使っているわけではないが、圧縮された中級魔法はかなりの威力がある。それを一点に集中したのだから、デザートドラゴンの硬い鱗でもひとたまりもない。
「ギャァォオォォォォ!」
悲鳴を上げるデザートドラゴンの右前足には深い傷が刻まれ、半ばから千切れかかっている。時間が経てばこれも再生してしまうだろうが、当面機動力を奪うことには成功した。
これで、当てられる。
俺はすでに詠唱を終えていた魔法を解き放った。
「海王の刃ぁ!」
俺の言葉に応え、巨大な水の刃が生み出される。海の青と暴食の青が混じり合った、深く青い水の刃だ。
傲慢の悪魔を喰らったことで得た紫の魔力や、竜の肉体から生み出される赤い魔力も使用できることは確認済みだが、やはり俺には青い暴食の魔力がしっくりくる。
ただ、思ったよりも魔力が暴れ、制御するのも一苦労である。
上級魔法に青い魔力を混ぜているのだから当然だが、少しやり過ぎたかもしれない。
「ぐ、ぎ……」
それでも俺は魔力を抑え込み、なんとか魔法を撃ち出した。殺しきれない反動が腕に伝わり、中から鈍い破砕音が聞こえる。骨が逝ったらしい。だが、この程度の痛みで、制御を乱していられるか!
「くらえぇぇ!」
「ギアアァァァァ――!」
断頭台のように振り下ろされた水の刃が、デザートドラゴンの首を切り落とした。首の断面からは真っ赤な血が溢れ出し、床や竜の肉体、竜の鼻っ面を抱きかかえていたブラックを赤く汚す。
さすがの竜種も、首を落とされればどうしようもできないようだ。その巨体は血の池に倒れ伏し、動かなくなった。
「やったです!」
「さすがトールー」
近寄ってくるシロとクロは擦り傷だらけだ。戦うのは2回目だが、想像以上に強かった。やはり竜を侮ってはいけなかったな。腕を回復しながら、2人を受け止める。って、めっちゃ痛いから! 腕に抱き着かないで!
「おいおい! 最後の魔法なんだよ! メチャクチャやべーじゃん!」
「す、凄いです!」
これまた満身創痍のブラックとマキナが、驚きの表情で俺を褒めてくれる。ブラックなんて血まみれだから、メッチャ迫力があるのだ。しかし、怒っている様子はなく、デザートドラゴンに止めを刺した魔法にひたすら興奮していた。
まあ、最後に放った上級魔法は、かなり派手だったからな。暴食の魔力を使えば発動できるという確信はあったが、使ったのはボス戦が初めてだったし。
「でも、みんなが動きを止めてくれなきゃ、首をピンポイントで狙うのは難しかったよ」
「え、えへへ。頑張りました」
「悪魔の真似をするのは複雑な気分だが、魔力茸による妨害はかなり強いからな」
今回のボスは、人数が多かったためか以前戦ったデザートドラゴンよりも明らかに大きな個体だった。そのせいで最初はかなり苦戦したが、そこは歴戦の傭兵団とチーターたちだ。
苦戦しながら堅実にチャンスを窺い続け、マキナとシュリーダが相手を麻痺させることに成功する。そこからは一気に戦況が傾き、俺も魔法を詠唱する余裕が生まれたのだ。
「さすが第三階梯迷宮のボス。強かったな」
「ああ……」
「死ぬかと思いやした!」
盾役を頑張ってくれた傭兵たちの中には、装備が破損している者も多い。ただ、死者はいないし、怪我人も俺の魔法で治せる範囲だろう。
「ふぅ。これでエルンストの毒迷宮攻略達成だ。俺たちは2回目――」
「にゃ? 外です?」
「てんいしたー」
視界からブラックたちの姿が消え、迷宮の入り口に切り替わる。俺たちは、迷宮の外へと転移したらしい。
一度その迷宮を攻略した人間は、ボスを倒したら脱出させられるようだった。同じ迷宮で2度恩恵は受けられないってことだろう。まあ、体内魔力が明らかに増したから、これが報酬と言えば報酬かな?
それに、デザートドラゴンの肉を多めにもらえることになっているから、魔法料理にすればさらに魔力を高めることができるだろう。ボスの素材は、最後の試練参加者が恩恵を授かった時点で、一緒に迷宮外へと排出されるらしい。村で迷宮を攻略した時、グリーンベアの残骸も外に出たからね。
シュリーダたちは普通に恩恵を授かって、チート能力による魂の汚染をどうにかするはずだ。さほど時間もかからず、戻ってくるだろう。
「さて、これで約束は済ませたな」
「じゃあ、また旅ですです?」
「れっつじゃーにー」
俺がぽつりと呟いた言葉を聞き、シロとクロが目を輝かせる。エルンストを出た時にもそうだったが、見たことのない場所が楽しみで仕方ないのだろう。
キノコの迷宮――まあ、実際はグリーンベアがボスの、植物迷宮だったわけだが。悪魔が内部のモンスターを苗床に使っていたため、キノコ以外のモンスターにはほぼ出会わなかっただけだ。
あの迷宮から脱出した後にブラックから提案された、一緒に旅をしないかという誘い。それに俺たちは、限定的に乗ることにした。正確には、エルンスト迷宮攻略までは付き合うことにしたのだ。
ずっと彼らと一緒に旅をする選択肢もあっただろう。今更、秘密を明かしたくないとも言わない。その程度には信頼している。
ただ、何となく違う気がした。俺たちにも、ブラックとマキナにも、シュリーダにも、それぞれ道があり、それがたまたま交わっただけ。そんな気がしたのだ。
それに、シロとクロのトラウマのこともある。表面上は問題ないように見えるし、2人も自分がそうであるとは分かっていないかもしれない。だが、やはり大人の男性への苦手意識は、完全に克服できていないようだった。
ブラックや傭兵団の男性たちを前にすると、ほんの少しだけ腰が引けるのだ。長い時間をかければ治るかもしれないが、やはり彼らとずっと一緒にいるのはシロとクロに負担を掛けることになるだろう。
「とりあえず、当初の目的だった町に向かおうと思うが……」
「その後はどーするのー?」
「そうだなぁ。海鮮でも仕入れにいくかね」
シュリーダから新たに迷宮の情報を教えてもらったんだが、比較的攻略が容易な迷宮が港町にあるらしい。そこを攻略しつつ、海鮮を仕入れるのもいいだろう。
「かいせんです?」
「海の幸だよ。美味いんだぞ?」
「おー、かいせーん。それはすばらしー」
「魚です!」
「あとはエビとかカニとかだな」
「カニー。あれはおいしかったー」
「じゅるりです!」
強くなりたいし、アレスに恩も返したいし、シロとクロに美味いものを喰わせてやりたい。あと、料理人として、色々な食材を調理してみたい。やりたいことがいっぱいだ。
「お? シュリーダたちが戻ってきたみたいだぞ」
「どんな願いごと叶えてもらったか聞くです!」
「おいしーもの貰ったかな?」
「そ、そりゃないんじゃないか?」
きっと、先はまだまだ長い。のんびりと、堅実に、俺はシロとクロと生きていこう。この、純粋で食いしん坊な家族たちと一緒に。
「トール! いくです!」
「はやくはやくー」
「おう! 今行くよ!」
呪われ料理人は、ここで完結とさせていただきます。
続けるかどうか悩んだのですが、体調も考慮して初期のプロットを消化したここで終わらせることにしました。
コミカライズはまだ続きますので、そちらの応援もよろしくお願いいたします。
シロとクロがメッチャ可愛いので!
この作品を応援して下さった方々、本当にありがとうございました。




