146話 ブラックの恩恵
肩をすくめて、敬語やめろと言い出すブラック。
「そもそも、お前らは恩人だからな! 寄生キノコを取り除いてくれたのもそうだし、悪魔をぶっ殺してくれたのもそうだ」
「いや、こちらも助けられたから。シロとクロを動けるようにしてくれたのは、あんたなんだろう?」
「おう! 俺のチートは、相手の嘘を見抜ける油断大敵。最初の一撃の威力を上昇させるワンパン。そして、素手での戦闘能力を上げるステゴロ! この最後のステゴロが、俺の想像以上に強い能力だったみてーでな」
なんと、魔力茸が大量に生えている状態でも、ゆっくりなら動ける程度に肉体の力が強化されていたそうだ。異常への抵抗力なんかも増していたんだろうな。
そしてブラックがシロとクロの魔力茸を毟り取り、動けるようにしてくれたわけだ。
「そのお陰で勝てたんだ」
「そうか? どう考えてもこっちの方が助けられてるぜ? ありがとうな!」
ブラックがそう言って深々と頭を下げる。やはり、出会った時と比べて丸くなっているというか、常識的な行動ができるようになっているようだった。
「それに、お前転生者だったんだろ? チーターとも違うのか?」
「あー……」
悪魔が言ってたのを聞かれたか。
「別に責めてるわけじゃねぇよ。俺だって、キノコに頭やられてなきゃ、おおっぴらに言ったりしねぇし。ただ、別口とは言え転生者同士なんだから、対等でいいだろってこった」
押し黙った俺が困っていると思ったのか、ブラックが苦笑いしながら言った。気を遣わせたらしい。
「……じゃあ、遠慮なく」
「それでいい」
「マキナは、大丈夫そうか?」
ブラックに抱きかかえられているマキナは、未だに意識を失ったままだ。折れた腕だけではなく、全身に傷がある。
それに、危険なのは目に見える部分だけではないだろう。
「まずは、寄生茸をどうにかしよう」
「……あの紫の汁、まだあるか?」
「ああ、大丈夫だ」
大量に残してあるわけじゃないが、あと数人は問題ない。俺はエルネ草の煮汁が入ったポーション瓶を懐から出したように見せかけて、保存庫から取り出した。
マキナの口に添えて軽く煮汁を流し込むと、そのまま問題なく飲み込んでくれたようだ。マキナが咳き込むように息を吐き出すと、一緒に紫の煙が吐き出される。
後は、回復魔法を使って応急処置をすれば何とかなりそうだ。
ただ、魔法を使いながら、俺は背後も気にしなくてはならなかった。女神像が光を放ち始めているのだ。
「おー……」
一度見た光景なんだが、やはり感動してしまうな。光を放つ女神像は、それほどに神々しかった。
「にゃー……」
「わふ……」
「すっげ……」
シロもクロもブラックも、息を呑んで女神像を見上げている。いつしか女神像は七色の光を放ち、部屋にいる全ての人間を照らしていた。
『よくぞ試練を乗り越えました。あなた方に、恩恵を授けます』
エルンストの迷宮と全く同じ展開だな。しかし、ボスを倒した扱いになっているってことは、あの悪魔がボスだったってことか?
シュリーダを乗っ取って操っていたってことは、迷宮の外にいたんだよな? それとも、迷宮のボスを吸収したとか?
悪魔はこの迷宮に人間を誘い込もうとしていたわけだし、やつの支配下にあったことは間違いないだろう。
「恩恵……」
「俺も、いいのか?」
「まさか、こんな……」
女神像の光に照らされて輝いてるのは、俺、シロ、クロ、ブラック、シュリーダ、ダンゼン、他傭兵数名だ。傲慢のシュリーダと僅かでも戦ったと判断された人間だけが、恩恵に与れるらしい。
まあ、攫われてきた人たちやマキナは、戦ってはいないしな。部屋に一緒にいればいいってもんじゃないらしい。
驚いたのはシュリーダだ。彼女自身も目を見開いて、女神像を見上げている。悪魔である傲慢のシュリーダと、人間のシュリーダが別物と勘定されるなら、確かにシュリーダも奴の中で戦っていたと言ってもいいだろう。恩恵を受ける資格はあった。
『願いを口にしなさい』
「……なあ、トール。マキナは大丈夫なのか?」
真っ先に口を開いたのはブラックだ。
「もうほぼ治ってる。消耗が激しいからしばらく目を覚まさないかもしれないけど」
「そうか……。なら、決まりだ。女神様! チーターについて教えくれ! いくつかの質問に答えてもらうとか、無理か?」
マキナの回復が必要なら、それを願ったのだろう。だが、彼女が問題ないなら、チーターについて知るのは最優先なのは間違いない。この力のせいでシュリーダが悪魔に乗っ取られていたんだからな。ブラックたちも、他人ごとではないはずだった。
『転生者の魂・非正規招待者、第一階梯迷宮の試練、第一階梯魔王の討滅、確認』
非正規招待者ね。俺は特殊招待者だったはずだ。やはり、チーターは神によって喚ばれた存在ではないんだろう。
『質問に対し、3度まで回答可能』
無茶なお願いだと思ったら、意外に柔軟に対応してくれるんだな! ただ、質問3つは多いか少ないか微妙なところだ。
「チーターって言うのは、なんだ?」
『悪魔によって召喚された、世界の異物。悪魔が受肉する際の贄であり、肉体を乗っ取られたチーターは魔王となります』
実績に数えられた第一階梯魔王っていうのは、傲慢のシュリーダのことらしい。
「チートを使うのは、危険なのか?」
『チート能力を使い過ぎると、魂に穢れが溜まります。チーターはチート能力を与えられた時点で悪魔によって魂を穢されており、さらにチートを使い続ければ死後の転生が不可能となります』
輪廻転生があると知った今、死んだら終わりというのは中々恐ろしい。チートは便利だからこそ使ってしまうんだろうが、その行く先が消滅とは酷い罠である。
「……悪魔に体を乗っ取られないようにするには、どうすればいい?」
『魂の穢れを落とすことです。第三階梯以上の迷宮の恩恵によりチート能力を自らの魂と融合させ、悪魔の穢れのみを排除することが可能』
第三階梯迷宮の恩恵で、チート能力を自身の力にできるってことかな? ただ、迷宮攻略でチートを最低限しか使えないとなると、かなり危険だろう。
まあ、俺には踏破可能な迷宮の心当たりがあるんだが。エルンストの迷宮だ。あそこなら、すでに悪魔が倒され、最深部へのルート、攻略方法まで丸裸なのだ。勿論、それだけで攻略できるほど甘い場所ではないが、ブラックとマキナなら何とかなるんじゃないか?
後で話をしてみよう。
俺がそう考えた直後、ブラックの姿が掻き消えた。恩恵を授かったことで、迷宮の入口へと転移させられたのだろう。マキナも一緒である。仲間は一緒に脱出できる仕様であるらしかった。サービスいいな。




