145話 悪魔の最期
《ぎいいぃぃぃぃぃ!》
全身を青い魔力に呑み込まれた傲慢のシュリーダが、断末魔の叫びをあげる。そのキノコの体は水分を失ったかのように乾き、全体を覆っていた濃い紫色の魔力は目を凝らさねば気付けぬほどに薄くなっていった。
逆に、傲慢のシュリーダを苛む青い魔力は、刻一刻とその勢いを増していく。もはやその迸りは間欠泉のようだった。
《なぜ、我が……》
青い光に包まれる干乾びたキノコから、喘ぐような声が響く。そこには、今までのような圧倒的な存在感はなかった。
むしろ、弱々しさしか感じない。
《なんなのだ……。なぜ、人間ごときが、それほどの、暴食の力を……?》
「さあ?」
《貴様から間違いなく、異界の匂いがする……。転生者であることは間違いない……。勇者? いや、賢者……? だが……》
勇者はアレスだし、賢者なんて柄じゃない。そもそも、賢き者なんて名乗れるほど頭もよくないしな。
神様のおかげで料理の知識が少し豊富なだけである。生まれた時は神を呪ったが……。そのおかげでシロとクロに出会えたわけだし、今はもう気にしていない。
《いったい、何者……?》
「……俺は、料理人だ」
《りょうりにん、だと? ば、ばかな……――》
呆然とした声色で呟きながら、傲慢のシュリーダの体が砂のように崩れ落ちていく。
《あが……これ、は……?》
「悪魔の力だけを喰えないかと意識してみたんだが、ぶっつけで上手くいったらしいな」
《このような……我の魔力と魂だけを……? たかが人間ごときが、暴食の力を完璧にぃいぃぃ……!》
情けない悲鳴を残して、完全に崩れ去った傲慢のシュリーダ。だが、全てが砂礫と化したわけではない。その残骸の中に、蠢く何かがいた。
砂の間から覗く、黒い髪。ゆっくりと立ち上がったそれは、黄色人種の女性の裸身である。
「だ、団長?」
「シュリーダ団長!」
ライアンたちが思わず駆け寄ったその人物は、オルヴァン傭兵団の団長にして、チーターの飯田朱里――シュリーダであった。髪が黒に戻っているのは、一度悪魔に吸収されたからだろう。
「あたしは……生きて、るのかい?」
気怠そうに呟くシュリーダの視線が、俺へと向いた。まあ、最後の攻撃を放ったのは俺だしな。
「あんたがやったのかい? あー、トール、だったかね?」
「うん? ああ、そうか。実は初対面みたいなものなのか」
「悪魔の中から、時おり見えてはいたんだがねぇ。自分の意思で話すのは初めてさ」
シュリーダは悪魔に支配された後も消えず、眠ったような状態だったそうだ。
悪魔はシュリーダと同化することでその記憶や性格をコピーし、本人に成りすましていた。それは近くにいる傭兵たちでさえ気づけないほどの完成度だったのだ。ただ、その擬態を完璧にするためにはシュリーダの魂が必要であり、消去されずに済んでいたらしい。
長い間その状態であったため、シュリーダは悪魔の魔力に対して少しずつ耐性を得ていた。結果、悪魔が受肉した後にも消滅せずに耐え続け、それどころか悪魔の行動に干渉すらしてみせたのだ。
「あの青い魔力は相手の力を喰うことができるんだ。それで、悪魔だけを喰えないかと思ってな。上手くいったのは偶然だ。失敗してれば、あんたもろとも悪魔を倒すつもりだった」
傭兵たちの視線が鋭くなる。それでも、それ以上の怒りを見せないのは、俺の判断が正しいと分かっているからだろう。悪魔を倒さねば皆死んでいたのだ。当のシュリーダは、むしろ大笑いをしている。
「あっはっは! あたしゃ、奇跡的に助かったってわけだ! そりゃあ運が良かった!」
傭兵たちが騙されていただけあって、悪魔が演じていた時と全く同じ豪快な性格である。こう言っちゃなんだが、元日本人とは思えないほどこっちの世界に順応しているな。
「ダンゼン、みんな、あたしが悪魔なんぞに乗っ取られたばかりに迷惑かけたね」
「いえ……」
ダンゼンは相変わらず言葉少なだが、涙を流して何度も頷いている。傭兵たちもだ。
「ライアン、年下のガキどもを庇ったのは偉かったよ。強くなったね」
「団長……」
生き残ったことを喜ぶ傭兵たちを横目に、シロとクロが俺に駆け寄ってくる。
「にゃっふー! 勝ったです!」
「しょーり」
「二人とも、凄かったぞ」
「にゃ!」
「わふ」
2人は胸を張って満面の笑みだ。悪魔に一矢報いたことが嬉しいんだろう。
「怪我は平気か?」
「もう治ったです!」
「へーき」
シロの竜眼もクロの竜腕も、血の痕はあるが傷は塞がっているようだ。さすが竜の再生力である。
ググー。
「お腹、減ったです」
「はらへりはらー」
渾身の攻撃で魔力も体力も限界なんだろう。二人が腹を押さえながら、切ない顔をしている。
だが、すぐに食事というわけにはいかなかった。村人たちは戦闘の余波で傷ついて倒れているし、マキナの状態も気になる。
「ブラックさん。マキナさんの様子は?」
マキナを抱きかかえて、様子を見ているブラックに声をかけた。
「はっ。違和感バリバリの敬語やめろ。俺よりも強ぇやつに敬語使われると、なんかゾワッとするんだよ」
「そうで――そうか?」
「おう。そうしろそうしろ」




