139話 キノコエンパイア
シュリーダの怒気が俺に叩きつけられる。それだけで、背中に冷や汗をかいてしまうほどの威圧感に包まれた。
《いきなり現れた、エルネ草の知識を持った悪魔の魔力を放つガキども? なんだそりゃ! 様子見してたら、キノコを全部駆除されちまった! 忌々しいぜぇ! 悪魔仲間かと思ったら、違うしよぉ!》
俺の実力や目的が分からず、どう対処するか悩んでいる内にエルネ草の特効薬を作られてしまったらしい。妨害するタイミングはあったはずだが、怪しまれないことを第一に考えて協力的に振舞ったのだろう。
俺たちの中に悪魔の力を感じ取り、同族の可能性を考えて敵対も選べなかったようだ。
《こんなことなら、マキナを先に食らっておくべきだったぜ! まあ、いい。効率は大分落ちるが、受肉した後でもチーターを2人食えばかなり力は増すからなぁ!》
そう叫んだシュリーダの全身から、紫色の魔力が立ち上る。
《マキナ! 暴れろ!》
「あああああああああ!」
シュリーダの叫びと共に、マキナが暴れ出した。咄嗟にブラックが羽交い絞めにするが、その体が振り回されている。
「マキナ! おい! やめろ!」
「うがぁぁ!」
「は? おい! 腕折れて……!」
腕を掴まれた状態で暴れたせいで、硬い物が割れる音とともにマキナの腕があらぬ方向へと曲がってしまった。
しかし、マキナは腕が折れているにも関わらず、痛がる様子もなく暴れ続ける。
「何がどうなって……くそ! すまん、マキナ!」
「がっ……ぐがあああああ!」
「これでも動くのかよ! くっそ! マキナ! おい!」
シュリーダによって操られているせいで、痛みなどを感じなくなっているのだろう。同時に、リミッターが外れているような印象だ。
自分を抱きしめるように拘束するブラックの呼びかけにも反応せず、振りほどこうと暴れている。
「キノコの仕業か? でも、マキナも紫色の餃子食って、変な煙口から出してただろ! あれで治ったんじゃないのかよ!」
《ひゃはは! マキナにはあらかじめ、食ったように見せかけろと指示してあったんだよ! こいつの毒チートなら、似た煙を吐けるからなぁ!》
ブラックは寄生茸の支配が解けていたのに、なんでマキナだけ効果がなかったのか疑問だったが、そういうことか!
《さて、もういいだろ? そろそろ死ねよ! 死んで、我の養分となれ! この、『傲慢のシュリーダ様』のなぁ!》
シュリーダが叫ぶと、その肉体が変化し始めた。粟立つように皮膚が蠢いたかと思うと、内側からボゴボゴと肥大化し始めたのだ。
支配した悪魔が喋っているのに、名前は傲慢のシュリーダ? 存在そのものを乗っ取った的なことなのか?
シュリーダの変化は相撲取りのような体型になっても止まらず、数秒で人外の姿に変貌を遂げる。
《ああああああ! 気持ちいぃぃぃぃ! 久々の肉体だぁぁぁ! ひゃはははははは!》
どこからともなく叫び声が響き渡る。傲慢のシュリーダの声なのだろうが、どこから発せられているのかは分からない。
なんせ、完全に人を辞めているからな。今のシュリーダの姿は、巨大なキノコであった。暴れキノコと大暴れキノコの中間位のサイズである。
食べたら1upしそうなあの有名キノコに似ていた。軸は乳白色で、傘は赤紫に黒い斑点という、絶対に口にしたくはない配色だ。
ユーモラスにさえ感じる見た目。だが、俺はそれを見て笑うことなどできなかった。
この場にいるな! 逃げろ! 今すぐに!
そんな囁きが聞こえてきそうなほど、生存本能が荒れ狂っている。デザートドラゴンなど、足元にも及ばない。
迷宮の悪意と初めて対面した時と同じような、吐き気すら催すほどの嫌悪感と恐怖が俺たちを襲っていた。
「あ……が……」
「にゃ……」
「わぅ……」
全身が竦み上がるような感覚と共に、硬直してしまう。
「く、そ……」
俺たちだけではない。この場にいる全ての人間の全身を、締め上げるような怖気が包み込んでいる。
村人たちの一部は意識を失い、半数ほどは涙を流して蹲った。彼らも、目の前の巨大なキノコが尋常な存在でないと、肌で感じ取っているんだろう。
《圧殺してくれる!》
傲慢のシュリーダの傘がボゴボゴと音を立て、無数の暴れキノコが生えてくる。いや、床に落ちた後にドンドン成長し、大暴れキノコのサイズになってしまった。
この迷宮に出現していた暴れキノコたちは、シュリーダが生み出していたんだろう。
《シュリーダの所持していたチートの名は『キノコエンパイア』! 自身の肉体からキノコを生やすことが可能という、ふざけた名前と効果だが、中々に使える能力だぞ! 寄生茸のような生育が難しかった希少なキノコも、今なら無限に生やせそうだぁ!》
大暴れキノコたちが、押し寄せる。眼前に迫りくる、キノコの壁。
「――うおおぉぉぉ!」
目前に迫る死の恐怖が、肉体を縛る恐怖を上回ったんだろう。攻撃を食らう寸前、なんとか硬直から脱して動くことができていた。
飛び退きながら、全力で魔法を放つ。閉じられた部屋の中で火を使うのは危険だということも忘れ、火魔法を使ってしまっていた。
巨大な炎の刃が横に一閃され、目の前のいた大暴れキノコたちの胴体を斬り裂く。その攻撃は大暴れキノコたちの背後にいた傲慢のシュリーダにも届いたはずだが、傷を負った様子はなかった。
それどころか、炭化して崩れ落ちる大暴れキノコたちを見て、楽し気に体を震わせている。
《ふははははは! 強化したキノコどもを倒すか! やるではないか! それでこそ、食らい甲斐があるというものだ!》
転剣の閑章の投稿が終わったので、今回から4日に1度投稿に戻ります。