138話 シュリーダの内にいる者
突如豹変して俺達に悪意を向けるシュリーダと、それに操られていると思われるマキナ。
「うざったいガキどもめ! もういい! 希少種だから高く売れそうだったが、もういらない! ぶち殺して食らってやる!」
シュリーダがそう叫ぶと、凄まじい威圧感が俺たちに襲い掛かってくる。
この場にいる人間全員が、その身を震わせていた。俺も、痙攣するかのような全身の震えを抑えるので精いっぱいだ。口の中が急速に渇き、カラカラになっていく。
シロもクロもその他の人々も、全員が顔面蒼白だった。シュリーダの放つ気配がそれだけ恐ろしいのだ。
明らかに、存在の格が違う。やつが捕食する側で、俺たちが捕食される側。その事実が一瞬で理解できたのだ。
俺にはシュリーダの放つ魔力の波長に覚えがあった。エルンストの迷宮で戦った相手によく似ている。
「あ、悪魔、か……?」
《ほう? やはり知っているのか? どうやったか分からぬが、貴様らからは、憤怒の色が感じられるからな! まさか、喉に宿しているとは思わなかったが!》
俺たちはエルンストで、思いがけず黒い悪魔の力を吸収している。その魔力を悪魔が感じ取れていてもおかしくはないだろう。竜の肉体に、悪魔の力が混ざっているってことか?
《くくく、いい恐怖だぁ!》
「……シュリーダの体を乗っ取ったってことなのか?」
《はははは! その通りだ! ノコノコと最奥までやってきたこの女! 幸運にもチーターだったのさ!》
「シュリーダが、チーター?」
チーターというのは、ブラックたちみたいな地球からの転生者だとばかり思っていたが……。
「その髪の色は……」
シュリーダの髪色は赤。地球ではあり得ない色だ。チーターというのは、実は色々な世界から転生してきているのか?
《ばーか! 髪なんざ染めればいいだけだろ! そっちのヤンキーは見つけられなかったようだが、王都辺りにいきゃ髪染めの魔法薬くらいいくらでもあるんだよ! このシュリーダは、正真正銘日本人だ! 飯田朱里っつーのが本名らしいぜ? 傭兵としての身分も、なかなか使い勝手が良かったんだがなぁ!》
チーターであることを隠すため、髪色を変えて名前も偽名を使っていたってことか。ブラックのチートで嘘を判別できなかったのも、シュリーダがチーターだったからだろう。
「そもそも、チーターっていうのは、何なんだ?」
チーターだと運がいいって言っていたが、悪魔と何か関係があるのか?
《いいぜぇ。死出の土産に教えてやるよ! チーターっつうのは、勇者システムを利用して呼び出した、我々への贄のことさ!》
「勇者システム? 贄?」
勇者と言えばアレスを思い出す。彼は迷宮にも認められる、正真正銘の勇者だった。チーターは彼と同じように転生しているのか?
《女神どもが作り上げた、世界救済のシステムさ!》
この世界には神々がいる。だが、彼らが好き勝手に世界を弄っていれば、歪みが生まれていずれ世界が破綻するだろう。
そんな神々が、世界に何らかの危機が訪れた時に、対処させるために生み出されたのが勇者という存在だった。
異世界から適格者を召喚し、迷宮を試練としてぶつけ、鍛える。そして、世界の危機に対処してもらうのだ。
《だが、神々以外に、それに目を付けた存在がいた! そう我ら悪魔だ!》
悪魔とは、元々この世界の生まれではなく、異界からやってきた侵略者であった。神々との戦いに苦戦していた悪魔たちは、この勇者システムを自分たちのために利用することを考えたらしい。
異界から魂が脆弱な人間を呼び出し、悪魔の力を授けて魂を穢し、迷宮で鍛えた後に肉体を乗っ取って受肉する。
《チーターどもは、与えられた能力を便利な力だと喜んでいるようだがな! あれは、我ら悪魔の授けた穢れた権能よ! 使えば使うほど、魂が汚染され、我らによく馴染むのだ! そして、いずれは我々に魂ごと乗っ取られ、肉体を提供することになる! このシュリーダのようになぁ!》
「まじかよ……」
ブラックが呆然としているな。選ばれし者どころか、悪魔に騙されていたわけだし。そこまで酷い扱いの存在だとは思っていなかったんだろう。
《いやぁ、ついてたぜ。最初に迷宮にやってきたのが、まさかチーターだとはなぁ! しかもいい具合に魂が穢れてやがった!》
どうやら、この迷宮ができた直後にシュリーダがやってきて、あっさりボス部屋に辿り着いたようだ。
この村に滞在したことがあると言っていたし、その時だろう。
すでに数年この世界で傭兵として生きていたシュリーダはチートを過剰に使い過ぎており、魂がかなり汚染されてしまっていた。しかも、傭兵団の仲間を守るために精神をすり減らしており、悪魔が付け入る土台ができ上ってしまっていたのだ。
結果、悪魔に体を乗っ取られ、それ以降は悪魔が彼女のふりをしながら肉体を動かしていたらしい。
悪魔に乗っ取られたシュリーダはマキナに出会い、寄生キノコを使って支配することに成功する。その後はマキナを利用してブラックにも寄生キノコを食べさせて、操っていたそうだ。
シュリーダは寄生茸を生み出し操るようなチートを持っており、悪魔もその力を使うことが可能であるらしい。
《受肉する前にさらにチーターや人間どもを食らって、力に変えるつもりだったんだがなぁ! 外で食らっても効率悪いしよぉ! だからめんどくせぇ真似をして、有象無象を迷宮に誘い込んでたっていうのに! うまくすりゃあ何年も傭兵共を食らい続けて、もっともっと強くなれたはずなんだよぉぉ!》
悪魔が人を食らって力に変えるには、迷宮の中じゃないと効率が悪いってことか?
勇者システムとかいうのを利用していると言ってたし、迷宮を介してじゃなきゃ人の力をうまく吸収できないのかもしれない。
《それが、最初で躓くとか、ふざけんな!》
シュリーダが燃えるような憎悪に塗れた目で、俺たちを睨んでいた。