136話 グリーンベア撃破
「ガアアアアアアアアアアアアア！」
俺たちが自分を舐めているのが分かるのだろう。グリーンベアは弱そうな村人たちには目もくれず、俺たちに向かって跳びかかってきた。
期せずして、挑発が成功したらしい。
「おらあああああぁ！」
「ガガァァ？」
グリーンベアの突進を紙一重で躱したブラックが、無防備に晒された脇腹目がけて拳を叩き込んだ。彼が拳に纏う白光は、目に見えるほどの濃密な魔力であるらしい。
確か、ワンパンとかいうスキルを持っているんだったか？
グリーンベアの体を構成する蔦が千切れて飛び散り、その巨体が僅かに横にずれる。ブラックの拳が当たった場所は抉り取られ、普通の熊なら倒せているのだろうが、グリーンベアはまだまだ元気だった。
見た目は熊でも、植物系モンスターなのだ。多少の傷は物ともしないらしい。
グリーンベアは裏拳のように腕を振って、ブラックを攻撃する。ブンと音を立てて襲い掛かってきた腕をしゃがみ込んで躱したブラックは、苦々しい顔で後退した。
「ちっ！ 全然効いてる気がしねぇ！」
「グリーンベアは鈍器や刺突武器が効きづらい！ 蔦の集合体だからね！ 攻撃は斬撃か魔法にしな！」
「俺はぶん殴るしかできねぇよ！」
「ならあたしがやる！ あんたはその熊の気を引いてな！」
「わかったぜ！ おらおら！ 熊野郎！ こっちだこっちだ！」
ブラックが妙な――タコ踊りとでも言えばいいのだろうか？――踊りをしながら、グリーンベアを挑発する。
だが、グリーンベアの視線は彼を向いていなかった。
ブラックの拳よりも、シュリーダが構える剣の方が危険であると判断する程度の知能はあるようだ。グリーンベアは一気に立ち上がると、後ろ足のバネだけで俊敏に跳ぶ。
これには俺もブラックもシュリーダも虚を突かれ、反応が遅れてしまった。
全身に魔力が漲り、その存在感が突如増していた。どうやら、向こうも様子見をしていたらしい。
巨大な熊の前足が、その眼前に迫るシュリーダへと繰り出される。
だが、内心では慌てる俺と違い、シュリーダは冷静だった。さすが百戦錬磨の傭兵だけあり、咄嗟に反応していたのだ。
「ガアアアア！」
「はあああああ！」
振り下ろされたグリーンベアの前足に向かって、シュリーダが己の剣を叩きつける。当然真正面からでは力負けしてしまうが、直撃は何とか防げたようだ。
だが、その手から剣が弾き飛ばされ、シュリーダ自身もその場に倒れ込む。
「ぐぅ……」
凄まじい衝撃だったらしく、腕を押さえて動かない。ラスボスとして出現する個体だ。通常のグリーンベアよりも、相当強化されているんだろう。それに気づけなかった俺たちは間抜けだな！
「ガアアアアアア！」
「させっかよ！」
「ブラック！ 無茶するな！」
シュリーダに追撃を加えようとしたグリーンベアの前に、ブラックが立ちはだかった。グリーンベアの爪を、魔力を集中させた腕で受け止める。
「いたく、ねぇんだよ！ おら！」
「ガアァ！」
腕から血を流しながらも、前蹴りを放ってグリーンベアを後退させることに成功するブラック。だが、同時にバランスを崩して倒れ込んでしまった。
強がっているが、その傷はかなり深いだろう。魔法や身体強化が使えても、魔獣相手に正面から殴り合うのは無理があるのだ。
「穿て！ 氷槍」
火属性を使うかどうか迷っていたせいで、ブラックとシュリーダを危険に晒した！ 一撃で倒すんじゃなくて、動きを制限することに注力する！
俺が放った氷の槍は、グリーンベアの右足に吸い込まれていった。
足を串刺しにしたように見えるが、実際は蔦の隙間をすり抜けただけだろう。刺さったことによるダメージはほとんどない。
だが、俺の狙いはここからである。
「グガ⁉」
右足が凍り付き、身動きが取れなくなるグリーンベア。無理に動かそうとして、ひびが入った。それが分かり、グリーンベアが咄嗟に力を入れるのをやめる。
その隙をブラックは見逃さなかった。
先ほどのグリーンベアのように全身の力を使って起き上ると、一瞬で前に出たのだ。
グリーンベアに駆け寄りながら腕を大きく振りかぶると、今まで以上の輝きを放つ拳を頭部目がけて叩き込んだ。
「ガ――！」
グリーンベアの頭部を破壊した拳が、その胴体の半ばまでめり込む。それでも倒せていない。コアを潰さなくてはならないのだろう。
「これで、終わりじゃねぇぞ！ おらああぁぁぁぁ！」
それはブラックも理解していたらしい。彼の全身が白く輝くと、腕を伝って拳へと流れ込んでいった。膨大な魔力が一気に放出され、グリーンベアの体内で爆発を起こす。
断末魔の叫びすらなく、その全身が爆散していた。
それでも俺たちは油断せず、飛び散った緑の蔦の残骸を睨む。だが、一気に魔力が抜けていくその蔦は、再び動き出すことはなかった。
本当に倒したらしい。
ただ、グリーンベアを倒しても、終わりではなかった。
「キノコどもは消えないな」
「つまり、こいつらもぶっ飛ばす必要があるってことだな！」
やはり、雑魚も全部含めてボス戦ということらしかった。ただ、一番強いグリーンベアは倒したし、あとは掃討戦になるだろう。
「おらっ！」
ブラックがワンパンを使い、次々と暴れキノコを潰していった。俺も魔法で遠くのやつから仕留めていく。グリーンベアのように強化されているということもなく、簡単に仕留められるのだ。
10分後。部屋の中に動く魔獣の姿は残っていなかった。
「あんたに助けられちまったね。大丈夫かい？」
「おう――いててて……！ やっぱ大丈夫じゃねーかも……」
アドレナリンが切れたのか、ブラックが情けない顔で再び座り込んだ。
書籍版第3巻が発売中です。
また、今月末にはコミカライズ1巻も発売予定ですので、よろしくお願いいたします。
