135話 ボス
体に纏わりつくような濃密な魔力の漂う通路を、先へと進む。薄闇の帳を抜けたその先には、一枚の扉が待ち受けていた。やはり中ボス部屋で間違いなさそうだ。
すでに覚悟の決まっている一行は、躊躇なくその扉を開く。まあ、物理的に扉に手を掛けられるのは、先頭にいるブラック君だけだが。
ブラック君が押すと、重厚な石扉がゆっくりと開いていった。
その先の部屋へと進むと――。
「ライアン!」
「ライアンいたです!」
「いたー」
「団長! 姉ちゃんたちも!」
そこにはライアンだけではなく、攫われた人々が床に転がされていた。白い菌糸のようなもので縛られ、身動きが取れないらしい。
シロたちがライアンたちを助けようと走り出す中、俺は制止することも忘れて息を呑んでいた。
シロたちは気づかなかったが、見上げた先に見覚えのある女神像があったのだ。
エルンストの毒迷宮でも見た、迷宮の最奥にある恵みの女神像で間違いなかった。
ここが最深部?
ボスの姿はないが、どういうことだ? これだけの数の人間が部屋に存在して、ボスが出現しないなんてことあるのだろうか? 迷宮の魔獣によって連れ込まれたライアンたちは、ボス出現のトリガーにはならない?
だとしたら、俺たちは――。
「!」
禍々しい魔力が部屋の中央に集中していく。これは間違いない。
「シロ! クロ! ボスが出てくるぞ!」
「チビども! 俺が引き付けるから、早く助けろ!」
ブラックがそう叫んだ瞬間、俺たちが入ってきた扉が閉じた。これもエルンストと同じだ。迷宮のラスボス戦は、逃げることができないのである。
戦闘力がない人々を抱えてラスボスと戦う? 最悪だ。
「シュリーダ! 前衛はあんたとブラックに任せていいか?」
「勿論さ。あんたはどでかいのを頼むよ」
「ああ」
シュリーダたちの強さはここまでの道中で理解している。ドラゴン級のヤバいボスじゃなければ、戦えるはずだ。
息を呑んで、ボスの出現を待つ俺たち。
敵の強さは読めない。魔獣を外に排出するほどに成長した迷宮にしては、規模が小さすぎるし、難易度も低い。それなのに、魔獣の数は異常に多く、迷宮のランクがよく分からないことになっているのだ。
ただ、雑魚が出るってことはないだろう。そう覚悟を決めていたら――。
「ガアアアアアアアアアアアアア!」
魔力が凝り固まって生み出された魔獣が、その咆哮を部屋へと轟かせる。
だが、俺もシュリーダもブラックも、その咆哮に気圧されることはなかった。
守る者たちがいる俺たちが、この程度でビビると思ったか?
まあ、普通に戦いが始まってたとしても、同じだったと思うけど。
「はぁ? なんでこいつが?」
「ボス、なんだよな?」
「なんか、雑魚っぽくねぇか?」
出現したのは、体長3メートルほどの緑色の熊であった。その体は蔦が絡まり合って構成されており、熊に見えて実は植物系の魔獣であることは間違いないだろう。
食材にはならないらしく、俺の脳内にも知識はなかった。
弱そうというわけじゃない。俺よりも遥かに巨大で、一口で食われてしまいそうだ。
ただ、感じられる魔力は、さほど大きくはない。これなら、エルスントの迷宮の深層の魔獣たちの方が遥かに強そうだった。
これが、迷宮のボスなのか?
「グリーンベアかい……」
「知ってるのか?」
「ああ。植物系の魔獣が主体の中級迷宮の深層で出現するそうだよ。確か、緑魔の迷宮ってとこだったはずさ」
つまり、中級の迷宮では、深層の雑魚敵として出現するってことだな。やっぱ、感じた通りの微妙な強さであるらしい。雑魚と言えるほど弱いわけじゃないけど、全滅を覚悟するほどでもないという……。
「こいつがボスってことは、ここはやっぱり生まれたての迷宮なのか?」
「さてね。あたしも色々な迷宮に潜ってきたが、ここはおかしい点があり過ぎる。自信がなくなってきたよ」
「なんでもいいぜ! こいつぶっ飛ばせばいいんだろ!」
シュリーダも戸惑っているようだ。だが、ブラックは闘志を漲らせて拳を構えた。単純な奴だけど、言っていることは間違いない。
俺もシュリーダも武器を構えてグリーンベアを睨みつける。
全く怯えを見せない俺たちの態度が鼻についたのだろうか? グリーンベアが再び怒りの咆哮を上げた。
「グオオオォアアァァァァァァァ!」
「俺が相手だ! こいよ熊公!」
「とりあえずこいつを――ちっ! ここでも出たねぇ! あんたら、ライアンたちを死ぬ気で守りな!」
「うす!」
グリーンベアの周囲に、暴れキノコが生み出されていた。床から湧き上がる様に出現するキノコたち。単体ではさほど強くなくても、数で押してくるボス戦ってことかね?
ともかく、助けた人々を守りながら戦うのは変わらない。それが少し難しくなったというだけだ。いや、キノコの数が多いな!
これは、シュリーダ含めた傭兵団の面々には向こうの護衛を頑張ってもらわないとヤバそうだ。
「シロ! クロ! どうだ?」
「切れないです!」
「かたいー」
人々を縛り上げる菌糸が中々頑固であるらしく、救出には時間がかかっている。こっちの援護をしてもらうどころか、俺たちが援護をしてやらないとまずいかもしれない。
俺は解毒の結界と浄化の結界を使用した。部屋全体を覆えているだろう。
効果はかなり強力だが、魔力をメチャクチャ食うんだよな。でも、今は皆を守るために使うべきだろう。
「はははは! 全力でぶっとばしたらぁ!」
とりあえずブラックと連携して、ボス熊を倒さなきゃな!
9/24に呪われ料理人コミカライズ第1巻が発売されます。
転剣のコミカライズ最新巻とのコラボキャンペーンもあるようですので、よろしくお願いいたします。