133話 キノコの迷宮へ
トムから聞いた話を纏めると、無気力だった村人たち数人の体から、いきなり複数の暴れキノコが生え始めたんだそうだ。
体を突き破るというよりも、表面に付着していた胞子が急激に育ったような感じであるらしい。50体近くはいたようだった。
傭兵団が急行して排除を開始したが、全ては倒すことができずに逃亡を許してしまう。その際、手近にいた村人を狙って、攫って行ったらしい。
様子を見に来ていた少年たちも襲われてしまい、ライアンとトムが捕まってしまったというわけだ。
「ライアン兄ちゃん、僕を助けようとして、一緒に捕まっちゃったんだ……ぐす……」
「トム、だいじょーぶです! ライアンはシロたちが助けるです!」
「あんしんしてー」
「ほんと?」
「ほんとーほんとー」
いや、待て! ライアンを助けるってことは、迷宮に入り込まなきゃいけないってことだぞ! そりゃ、俺も助けたい気持ちはあるが……。
俺が悩んでいると、シュリーダがいきなり土下座をした。
「頼む……! あんたらの力を貸しておくれ! ライアンたちを、助け出したいんだ!」
「もちろんです!」
「もちのろん」
シロとクロが俺を見る。その目は、俺が否と言うだなんて欠片も思っていない目だった。自分たちを助けてくれた俺が、まさかライアンを見捨てる訳がないと信じているらしい。
「……分かったよ。でも、危なくなったら逃げる。俺は、お前らの命のほうが大事だ」
「わかってるです!」
「りょーかい」
ここで俺がダメだと言っても、2人だけでシュリーダの手伝いをしてしまうだろう。だったら、俺が一緒に行く方が2人の生存率は上がるはずだ。
「……手伝ってくれるって事でいいのかい?」
「ああ、こうなったら仕方がない」
「助かる! この礼は必ずするよ。あの娘たちも、命を懸けて守る」
「それは頼む」
そうして、傭兵団の選抜メンバーと共に、おれたちは迷宮へと潜ることとなった。
浅層では俺たちの出番はない。シュリーダたちが暴れキノコを瞬殺してしまうからな。
あっさりと中層に到達したが、その様相は浅層と大して変わらなかった。敵は暴れキノコだけだし、内部構造や罠の位置も変化がなかったのだ。昨日までの地図があれば、ほとんど苦戦することもない。
ただ、奥に行くと、暴れキノコの数が増え始める。それに、道幅が広がって同時に襲ってくる暴れキノコの数が増したのだ。背後から襲ってくる暴れキノコも多く、さすがにシュリーダたちだけではさばききれなくなってきた。
「にゃにゃ! 風刃です!」
「わう。闇刃」
攻撃はシロとクロに任せて、俺は胞子を防ぐ役目を担当する。この迷宮は、結局そこが一番怖いからね。シュリーダたちが驚いているのが分かるのだ。俺たちの実力が想像以上だったんだろう。
暴れキノコをなぎ倒しながら進むこと数十分。クロが背後を振り返った。同時にシロとシュリーダの部下の斥候役の傭兵も、背後を気にする素振りをみせる。
「バインス、どうしたんだい?」
「キノコどもがくる。人もだ」
「にゃ! その人の言う通りです!」
どうやら、暴れキノコに追われた複数の人間が背後から迫っているらしい。入り口を見張っていたシュリーダの部下が、何らかの理由で逃げ込んできた?
そう思ったが、違っていた。姿を現したのは、黒髪コンビであったのだ。
「た、助けてくれ!」
「いやぁぁぁ!」
その後ろに、他の個体と比べても倍以上大きい暴れキノコがいた。大暴れキノコだ。中層の通路にピッタリのサイズである。
黒髪コンビは奴に勝てず、逃げてきたらしい。高い物理耐性を持っている魔獣だし、パーティに魔法師がいなければ難しいだろう。
「シロ、クロ」
「にゃ!」
「わう」
2人の魔法が、こちらに駆け寄ってくる黒髪コンビを避けるように、山なりに飛ぶ。特別強い魔法ではなかったが、それで十分だった。
大暴れキノコの傘に穴が開き、その巨体がその場に倒れる。サイズが少し小さい以外は、草原部屋で戦ったやつと変わらないな。
「はぁはぁ……死ぬかと思ったぜ……」
「ひぃ……ひぃ……」
自分たちを追っていた凶悪な魔獣が倒されたことが分かると、黒髪コンビはその場で足を止めた。
ブラックもマキナも息も絶え絶えで、膝に手をついて肩を上下させている。特にマキナは喋る余裕もないくらい、限界間近なようだった。
えずいているのは聞かなかったことにしてやろう。
前後から襲ってくる暴れキノコを倒しながら、2人の息が整うのを待つこと数分。ようやく、彼らがここにいる理由を聞くことができた。
「エルネ草の薬なら飲ませてもらいました」
「まさかキノコに寄生されてたとはな! やり返さなきゃ気がすまねぇ!」
「元々は私のせいなんです! だから、私が何とかしなきゃ!」
傭兵によって寄生茸から解放され、事態を理解したようだった。村人たちもそうだが、寄生されている最中の記憶があるんだろう。
そして、やられっぱなしではいられないと、この迷宮へと突入したらしい。
「俺たちも一緒に行くぜ!」
「お、お願いします!」
ヤンキーが相変わらずの偉そうな態度で、少女はペコペコと頭を下げながら同道を願い出てきた。
「あんたらも、喧嘩吹っかけて済まなかったな! このとおりだ! そっちのガキどもも、馬鹿な絡み方をした! すまん!」
なんと、ヤンキーが頭を下げたではないか。謝る人間の態度ではないが、それでもこいつが謝罪の言葉を口にしたというのは驚きだ。
「私のせいで寄生茸が広まっちゃったのだとしたら、責任を取りたいんです……! どうか、私たちも連れて行ってください!」
「頼む!」
腰を折って、深々と頭を下げる2人。明らかに性格からして変わっていた。
「……どうする?」
「どうするって……ちっ! とりあえず、そっちの2人も手伝いな!」
また暴れキノコがやってきた。しかも、今まで以上の大群が、迷宮の奥から押し寄せてくるのだ。まずはアレを撃退せねば、話どころではない。
「よっしゃ! ぶっ飛ばすぜ!」
「う、うん。頑張ろう」
9月10日に書籍版3巻が発売予定です。
WEB版とはかなり違う展開になっていますので、よろしくお願いいたします。




