131話 溢れる迷宮
村人たちの様子を観察していると、段々と自分たちの状況を思い出してきたらしい。
「あんたら……なんて、なんてことをしてくれたんだ……」
「せっかくいい夢見てたのに……」
「お節介しやがって……」
村人たちが陰気な声で、シュリーダに文句を言い始めた。ただ、その声は弱々しい。キノコに栄養を吸われていたことで、体力が落ちているのだろう。
半数ほどはその場で座り込んでしまった。力を失ったように、立ち上がらない。ただ、それは疲労からというよりは、無気力さから故といった感じに見えた。
「あんた! ふざけるんじゃないよ!」
そんな無気力な村人たちとは別に、ヒステリックに怒鳴っている者もいる。シュリーダに掴みかかろうとして、逆に突き飛ばされているな。宿の女将さんだ。
「くそ! くそくそくそ! 夢から覚めちまったじゃないか……!」
女将さんは地面を掻き毟りながら、怨嗟の言葉を吐いている。
どうやら、寄生茸に操られていた間の記憶もあるらしい。
女将さんが憎悪の籠った目でシュリーダたちを睨んだ。周囲の村人たちは、無気力にその成り行きを見つめている。
「責任取れ! どうしてくれるんだ!」
「ああ、思い出した。この雰囲気だ。前にこの村にきた時はこうだった」
「……この村にきたことがあるのかい? は! だったら分かるだろ! 悪魔に憑りつかれてる方がみんな幸せだったのに……」
女将さんがガクリと項垂れる。悪魔? どういうことだ?
「悪魔? あんたらを操ってたのはキノコらしいが?」
「どうでもいいよ……。なんか誰か女の人の声みたいなもんが聞こえて、妙に楽しい気分になって……。クソみたいな人生が変わるかと思ったのに……」
寄生茸に脳を侵食されて幻覚でも見ていたのだろうか? 楽しくなるって言葉もあるし、麻薬に似た成分を分泌したりしているのかもしれない。
ともかく、村人たちは操られて性格が変わっていた間の自分を覚えており、気に入ってすらいたようだ。
キノコから幸せ成分でも分泌されていたのかもしれない。
ぶっちゃけ、この人たちが自分だけで死ぬのなら、放置していてもよかった。ただ、放置しておけば寄生茸の胞子を撒き散らすようになってしまう。そうなれば完全な根絶も難しくなってしまうのだ。
哀れに思えるが、放置するという選択はなかった。
この後どうするかね? 俺たちが出て行ってもややこしいことに――。
「にゃ!」
「わう!」
「どうした2人とも?」
シロとクロが、迷宮の方角を向いて突如身構えた。
「あっち、デカキノコの匂いー」
「暴れキノコの魔力感じるです!」
「なに?」
「なんか、いっぱいいるかもー?」
「増えてるです!」
暴れキノコはさほど珍しい魔獣ではない。この辺で絶対に出現しないってわけじゃないが、タイミングが良過ぎないか?
しかも、数が増えているらしい。もしかして、迷宮から出現している?
しかし、それはおかしい。迷宮から魔獣が出現することはあるが、それは育った迷宮に限る。少なくともそれが常識になっている程度には、生まれたばかりの迷宮から魔獣が溢れることは珍しいのだ。
たしか、最低10年は安全とか言われていたはずだった。
「ともかく、様子を確認しに行くぞ」
「りょー」
「シロが倒してやるです!」
シュシュッとシャドーボクシングのように猫パンチを繰り出すシロに対抗して、クロがメイスを振り回す。
「ちょ、危ないからやめなさい!」
「ちぇー」
そうこうしている内に、俺たちは暴れキノコを発見していた。10体ほどの巨大なキノコが、道を塞いでいる。
輪になって、その中心にいる何者かと戦闘状態に突入しているらしい。そのお陰で、村に向かう足が止まったのだろう。
「まだ俺たちに気付いてないな。一気に倒すぞ」
「クロみぎやるー」
「じゃあ、シロは左です!」
「奴らの体で姿は見えないが、戦っている人に当てないようにな」
暴れキノコたちの背後から魔法を一斉に放ち、その数を減らす。すると、やつらと戦っている者の姿が見えた。
そこにいたのは、数人の傭兵たちだった。広場に集まらなかった人々に水餃子を持っていった者たちである。
俺たちは彼らと協力し、暴れキノコを倒す。まあ、傭兵たちに前衛を任せることができれば、魔法が使える俺たちにとっては雑魚でしかない。
3分もかからずに全てを殲滅できた。
「助かった……」
「次々に増えやがってよ。危ないところだったぜ」
彼らの話によると、最初は1体だけだったそうだ。それを倒そうとしたところ、迷宮の中から次々に暴れキノコが溢れ出してきたのだという。
「もう溢れたのか……?」
「どうなってやがる」
魔獣の気配を感じて様子を見に来たらしいが、やはり発見されたばかりの迷宮から魔獣が出てくるのはおかしいらしい。
「トール! またくるです!」
「いっぱいくるー」
ええい! とりあえず暴れキノコをどうにかしないと、村が滅ぶ!
「あんたらはシュリーダを呼んできてくれ。俺たちがここでキノコを足止めするから」
「わ、わかった! エリオ、お前がいけ。俺はここで坊主たちに手を貸す!」
「おう!」
寄生茸の次は、暴れキノコの大群か。できたばっかのはずなのに、どうなってやがるんだここの迷宮は!




