130話 紫水晶水餃子
翌日。傭兵団による振る舞いが行われた。しっかりと告知してもらったので、村中の人間が中央広場に集まっているようだ。
いないのは、門番役の兵士など数人だけだろう。そちらにも、傭兵たちから差し入れを持っていかせるので、問題ない。
俺たちがいるとまた騒ぎになるかもしれないので、離れた場所から見守っている。
「上手く配れてるみたいだな」
「みんな変な顔です」
「うれしくなさそー」
「そりゃそうだろ」
俺が準備したもの、それは紫色の水餃子もどきだった。スプーンに載せた状態で村人に配っているのだ。
傭兵団が用意していた肉や小麦粉を使い、皮にはワインで色を付けている。翡翠餃子の紫版とでも言おうか。紫水晶餃子? まあ、匂い消しの香草の色と混ざって、ちょっと毒々しさも感じるけどね。
この料理にはいくつもの利点がある。
まずは色。皮とスープにワインを使っており、皮が破れてエルネ草を混ぜ込んだ中の具材が見えても、ワインの色だと勘違いさせられるだろう。
そしてこの紫色は、村人たちが我慢できずに先走って食べ始めてしまうのを抑える意味もある。
様々な色の付いた水餃子を知っている俺からすれば美味しそうに見える色だが、初見の村人たちにとっては不気味に見えていることだろう。シロとクロも、最初は食べ物だと認識できなかったくらいだ。
また、ワインやニンニクによってエルネ草の匂いもかなり抑えられるので、入っていることにも気づきにくいだろう。
今回の作戦で一番恐いのは、誰か一人にエルネ草の効果が出たのを見られて、他の村人たちが食べるのをやめてしまうことだ。
一口サイズの水餃子を同時に口に入れてもらえば、同時に効果が出るはずである。皮だけチマっと齧ってみたところで、エルネ草の効果はまだ発揮されないからバレないし、ツルンと口に入るしな。
音頭を取ってせーので食べてもらえば、上手くいくのではなかろうか?
見守っていると、全員にスプーンがいきわたったらしい。兵士たちにも、傭兵たちが水餃子を渡しているはずだ。
「では、皆にいきわたったかな? これはこことは違う大陸で親しまれている料理でね。作った者の得意料理なのだよ。色味が少しアレだが、ワインの色なので安心してくれ」
シュリーダがおどけてみせると、軽く笑いが起きる。さらに、シュリーダは皆の前で水餃子を食べて見せた。
「うむ。美味い!」
シュリーダはもう寄生茸を除去した後なので、当然ながら煙は出ない。
シュリーダの美味そうな表情に、多くの村人たちが喉を鳴らすのが分かった。スプーンに向けられる視線の質が変わったのだ。匂いも良いしな。
「では、皆もどうぞ食べてくれ」
「いただくよ」
「美味そうだ」
「いい匂いがするねぇ」
村人たちがほぼ同時に、水餃子を口に含んだ。そして、噛みしめる。ツルモチの皮の中から肉汁が溢れ出して、呑み込まずにはいられないだろう。ああ、吐き出したりしないように、温度は人肌くらいに抑えてあるから、火傷することもないのだ。
直後、村人たちの口から一斉に紫色の煙が上がった。傭兵団の者たちとは比べ物にならない量だ。
それこそ、広場の見通しが少し悪くなってしまうほど大量の煙であった。
「な、なんだこりゃ!」
「け、煙?」
「ああああ! 声が……聞こえなく……」
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
ただ、その後のリアクションにはそれぞれで違いがあった。普通に驚くだけのものと、明らかに苦しんでいる者がいたのである。
多分、寄生茸の侵蝕率の差だろう。軽度の者は煙が出たことに驚くだけで済んでいるが、深くまで侵食された者は茸の苦しみまで共有してしまっているのかもしれない。
脳の深くまで侵食されてしまうと、回復魔法との併用が必須であるらしいが、そこまで寄生が進んでいる者はいなかったようだ。
両膝を地面について、荒い息を吐く程度だ。その様子は、末期の症状ではなかった。
「ちょ、何すんだ!」
「いいからほら。食べなって」
「やめてよ!」
「美味しいから食べた方がいいですよ」
数人、躊躇して食べない者もいたが、それらの村人たちには即座に傭兵が駆け寄って無理やりスプーンを口に突っ込んだ。村人が傭兵に抵抗しきれる訳もなく、すぐに彼らも口から煙を吐くこととなる。
これで、寄生茸の影響は消えたはずだ。さて、この後はどうなってしまうか。普通の寄生茸であれば、駆除後はしばらく無気力で動けなくなるらしいが……。
変異種はどうなるか分からない。暴れ出すようなことだって考えられる。もしくは、以前のような酷い村に戻って、襲い掛かられたり?
一応、シュリーダたちにはすぐに村を出れるように準備をしてもらっている。
そうなった場合は、彼らとともにエルンストへと向かう手はずだ。
「さて、どうなるか……」
「村の人たちと戦うです?」
「わからん」
「クロがやっつけーる」
「こ、殺しちゃダメだからな?」
うちの子たちのやる気が凄い。大人に怯えて動けないよりはいいんだけど、やりすぎも怖いのだ。
ただ、心配していたような事態にはならなかった。
「……」
「……」
それまで笑っていた村人たちの顔から表情が抜け落ち、能面のような顔でボーッと突っ立っている。
先ほどまでよりもよほど操られている感があるが、普通の寄生茸と同じ症状で間違いないだろう。
「……あぁ。目が覚めちまった……」
「なんてこったい……」
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