13話 下水の外
ザワザワ。
俺は町の雑踏の中にいた。場所は、複数の露店がが立ち並ぶ小さな広場だ。
目立ってないよな? 心なしか、皆の視線が俺に向いている気がするが、自意識過剰だろうか。
広場にいる人々の顔を見ると、妙にやつれている? それに、以前採取時に覗き見た時と違って、人々に会話もなく静かだった。明らかに雰囲気が荒んでいる。
「よいしょっと」
それにしても、袋が邪魔だ。俺が背負っているのは、ラージドウマの殻と、魔石が入った袋だった。
店で保存庫を使う訳にもいかないので、あらかじめ売却する物を出しておいたのだ。
「この広場に確か雑貨屋の看板があったはず」
雑貨屋なら、魔石なども買い取ってくれるかもしれない。そう考えた俺は、シロたちを住処に残して雑貨屋を目指していた。
町の中心部に行けば商店街や繁華街もあるが、ゴロツキなども多いだろう。それに、先日の天竜騒ぎでどうなっているか分からない。
中心部ではかなり広範囲に火がばら撒かれたみたいだし、火災も発生していただろう。店がやっているかもわからない。
なので、住処からも近く、人も少ないこの広場にやってきた。
この広場は、エルンストの中では小さい方だ。その分、店の数も多くはないが、襲われる心配は少ないだろう。利用するのも、近所の人々だけだろうし。
そう思っていたのだが……。
「このコソドロめ! またきたのか!」
「うわっ!」
ビュンという風切音とともに振り下ろされた木の棒を、俺は慌てて回避する。
ガシャン!
「ああ!」
振り下ろされた棒が、俺が落としてしまった袋に直撃した。嫌な音とともに、袋の口から砕けた魔石の欠片が零れ落ちる。
ラージドウマの殻は硬いから大丈夫だと思うが、ヒビくらいは入っているかもしれない。
「この! このっ!」
俺に向かって何度も振り下ろされる木の棒。襲ってきたのは、ゴロツキや奴隷商の類には見えない、普通のオッサンだった。
禿げ上がった頭に、やや出っ張った腹。筋肉はあるようだが、その動きは素人くさい。
「いつもいつもふざけやがって!」
「ちょ、ちょっと! 待って!」
「このまま叩き殺してやる!」
攻撃は大振りなので問題なくかわせるが、目が血走ってて、めちゃくちゃ怖い。
いたいけな少年が、変な親父に襲われてるんだぞ? 誰か止めろよ。
俺は周囲の人たちを見回した。だが、助けてくれそうな人は誰もいない。
むしろ、冷ややかな顔で、俺を見ていた。中には親父を応援している人さえいる。完全にアウェーだった。
「この浮浪児どもめ! いつもいつもパンを取れると思うな!」
「あんた、やめなよ!」
「うるさい! はなせ!」
「まだ小さい子供じゃないか!」
「子供だろうが何だろうが、盗人はゆるさねぇ!」
「あんたも早く逃げな!」
男の妻らしき女性が止めてくれたが、男の興奮が収まる様子はない。人目があるから魔法で攻撃するわけにもいかないし。
俺は袋を諦めると、広場から逃げ出した。ある程度走ったところで路地に逃げ込み、風の結界で気配を消す。暫く身を潜めていたが、追ってくる様子はなかった。
「くそぅ。やっぱ危険な真似するんじゃなかった!」
ラージドウマの殻も魔石もたいして貴重なものではないし、直ぐに手に入るだろう。
失ったことを嘆くよりも、いくつか得た情報を喜ぼう。
これは決して負け惜しみではない。そう、負け惜しみではないのだ。なにせ、色々収穫があったしね!
情報としては、他にも浮浪児がいるらしいということ。しかも複数。
男の口ぶりだと、徒党を組んで盗みを行っているようだ。あの様子では、結構な被害が出ているのだろう。
出会ったら、縄張りとか色々面倒そうだ。ただ、情報の交換などが可能かもしれないので、一概に避けるべきではないかもしれない。
もう1つの収穫は、俺の身体能力が結構高そうだと実感できたことだ。成人男性の攻撃を、難なく躱すことができたのである。
神様が強い体を与えてくれた? それとも、魔獣を狩って体内魔力を高めたおかげか?
もう少し成長すれば、ゴロツキ相手だったら問題なく逃げ切れるようになるかもしれない。少し強めの傭兵とかだったらやばいかもしれないが。
「はぁ、帰ろう……」
どっと疲れた。早く帰ってシロとクロに癒されたい。二人の尻尾と耳を思う存分モフろう。
そう思っていたのだが……。広場から少し離れた林から、誰かの声が聞こえた気がした。
とっさに身を潜めると、林の中から風体の悪い男たちが出てくる。明らかにカタギじゃないだろう。傭兵か、ゴロツキか、そんなところに違いない。
「逃げたガキ、もうこの辺にはいないんじゃないか?」
「それか死んじまってるかだと思うが……。購入主が何が何でも絶対に探し出せってうるさいんだとよ」
「マジかよ。だるいな」
「ただでさえすばしっこい獣人のガキ2匹だからなぁ」
男たちの話を聞いて、ピンときた。最初は俺を追ってきたのかと思ったが、そうじゃない。
こいつらは、奴隷商人の配下だろう。なんと、まだシロクロを探していやがったのだ。
「いつまで探せばいいんだ?」
「さあ? 購入主が諦めるまでじゃねぇか?」
「適当に似た獣人を渡すんじゃダメなのか?」
「知らん」
どうやら、シロとクロを購入する予定だった相手が、未だに執着しているらしい。これは普通に外に出るのは危険かもな。
そのまま男たちをやり過ごして歩き出すが、今度は兵士らしき男たちが藪をつついている光景に出くわした。
「逃げ出した獣人の奴隷を探せって……。俺たちの仕事か?」
「いいから仕事しろ。サボってたら牢屋送りだぞ」
「へいへい」
なんと、この兵士たちまで2人を探している? つまり、購入者は兵士を動かせる身分の相手ってことだ。
領主やその配下の騎士、あとは御用商人とか? ともかく、厄介なことになっているのは間違いなかった。
まあ、事前に知ってたって、シロとクロを見捨てる選択肢はなかったけどさ。下手に外に出さずに、住処に置いてきてよかった。
これは、しばらく下水から出れそうにない。今まで以上に、下水の攻略を進めるしかないか……。
そんなことを考えていると、女性の悲鳴が聞こえた。
「きゃぁ!」
「ちっ! 邪魔なんだよ!」
シロとクロを発見できない腹いせなのか、兵士たちが女性を突き飛ばしていた。裾が擦り切れた地味な服を着た、全身に包帯を巻いている女性だ。
「ああぁ……杖、どこ……?」
兵士が去った後も起き上がろうとせず、何やら地面を手で探っている。どうやら目が見えていないらしい。
さすがに見捨てるのもな……。俺は兵士たちがわざと蹴っ飛ばして遠くに落ちてしまっていた杖を拾い上げると、そっと女性に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「ひょぇ!」
おっと、そういえば今は気配を消してたわ。驚かしてすまん。
誤字報告ありがとうございます。大変助かっております。
書き上げた後に見直しても、何故か誤字ってしまうんですよねぇ……。




