124話 エルネ草と迷宮
「あ、あの。その草、もしかしたらすぐ見つかるかも……?」
天幕の隅で正座させられているライアンが、恐る恐る声を上げた。
「なんだって?」
「どういうことだい?」
「えーっと……いてて」
俺とシュリーダの視線に晒されたライアン少年は身じろぎしようとして、足の痛みに顔を顰める。足が痺れ過ぎて、痛いんだろう。
「はぁ。もう普通に座って良い。それより、薬草の情報を話しな」
「は、はい……。えっと、あの紫の草、ダンジョンで見たかもしれないんだ」
「ダンジョンか。まあ、寄生茸なんてもんが生えてるくらいだし、それもあり得るか」
ライアンたちはダンジョンで草原のようになっている大部屋を発見したらしい。俺たちもダンジョンをくまなく探索したわけじゃないし、未探索の部分に存在しているんだろう。
ただ、見晴らしのいい場所では魔獣から身を隠せないし、子供たちでは目立った薬草なども見つけられなかった。
それに、魔獣の気配も多少はあったため、草原部屋の探索はそこそこで切り上げてしまったそうだ。
それでも、緑の中に紫色の草が生えている光景は僅かに印象に残ってたらしく、俺とシュリーダの会話の途中で思い出したという。
「村のやつらも、さすがにダンジョンの中までは駆除に入ってないはず。可能性はありそうだね」
「どうする? そっちで採取してくるか?」
「……頼んでもいいのかい?」
ライアンたちが見つけたエリアなわけだし、俺たちが連れて行けと言うのは嫌がられる可能性もある。ただ、向こうはそれどころではないと理解しているんだろう。
まあ、エルネ草を見分けられる俺たちが行く方が確実だしな。
「そっちは俺が引き受けよう。ただ、こっちからも頼みがある。エルンストの町へ、伝令をお願いできないか?」
寄生茸の発生は、できるだけ早くジオスへと報告をせねばならないのだ。俺の知識にない亜種なら、なおさらである。
「ああ、あんたら領主代行の後ろ盾があるんだってね?」
「そうだ。寄生茸の発生について、報告しておかなきゃならない」
もし村人への対処が俺たちでは無理な場合、権力を使って無理やりにでも特効薬を呑ませないといけないだろう。
寄生茸を放っておけば周辺地域にも被害が出て、最悪は国が亡ぶようなことにもなりかねなかった。さすがに、見過ごせないのだ。
「ただ、うちのもんが訪ねて行って、話を聞いてもらえるかい?」
「一応、これを渡すから大丈夫だと思うが」
それは、ミレーネから渡されている魔法の掛かった便箋である。一見するとなんてことない紙の便箋だが、ミレーネなら真贋を見抜くことが可能であるそうだ。
この世界でも大きな町に行けば、手紙の配送業者がいる。まあ、発達しているとは言い難く、信用がある傭兵や商人に託して運んでもらうシステムであるらしいが。
もし手紙を出す必要ができたらこれを使えと、便箋を渡されていたのだ。
「魔法の品かい。なら大丈夫そうだね」
「分かるのか?」
「これでも長年傭兵団を率いているんだ、似たもんを使ったこともあるし、微かに魔法の匂いもする」
「魔法の匂い?」
「言葉にできないんだが、普通とは違うのは分かるのさ」
シュリーダは獣人ではないが、長年魔力を吸収してきたことで対魔力感覚が鋭くなっているらしい。やっぱり高位の傭兵っていうのは侮れんな。
「うちから馬を出そう。エルンストならすぐだ」
「頼む」
「こちらこそ、明日の探索を頼む」
その後、俺たちは傭兵団の野営地の隣で野営する許可を貰い、天幕を張った。下手に村の中で休むよりも、ここの方が安全だと判断したためである。
「さて……。明日はダンジョンで頑張らないといけないし、今日はなにか精の付くものを食べるか!」
「おー! さんせーい」
「賛成です!」
迷宮では碌な食材を確保できず、このところ出来立ての料理をドーンと作れてはいない。宿だと人目や、匂いも気になったし。
「エルンストからの道中に狩った魔獣の肉を使おう。『跳び足』って魔獣のだ」
「おー、アレは良いものです!」
「後ろあしがびみー」
跳び足は6本足の兎のような姿の魔獣だ。後ろ足が4本あり、前足は着地の時のクッションに使う為か非常に弾力があって硬い。
クロの言う通り後ろ足が非常に美味で、前足は控えめに言ってゴムのような味わいだった。エルンストの迷宮で似た魔獣を狩ったことがあるので、それを覚えていたんだろう。
「こいつを、醤油で煮る! 味が染みるまで、しっかりとな!」
「煮物好きです!」
「たくさんの醤油を使うぜいたくりょーり。すばらしー」
具材は、エルンストで買い込んでおいたダイコンモドキとレンコンモドキの二種を、大量にぶち込む! 大振りに切ったダイコンモドキが醤油ベースの煮汁の中に浮かぶ光景は、おでんにしか見えんな。
風魔法で圧力鍋を再現して、煮込み時間を短縮しつつ最後に味を調えれば、醤油シミシミ煮物の完成だ!
〈『跳び足の煮物、異世界風』、魔法効果:生命力回復・微、体力回復・小、魔力回復・微、生命力強化・微、体力強化・微、魔力強化・微〉
「うんうん。いい感じだ」
「じゅるり」
「じゅるー」
「!」
こいつら、下が地面だからって涎垂らしまくり! 我慢を諦めやがった!
「は、はやく肉……」
「にくほしー……」
「分かった分かった! すぐ取り分けるから、その目やめなさい!」
獲物を見る野獣の目だぞ! 女の子がしていい目ではありません!
「にく!」
「にくー」




