120話 特効薬
食堂で寄生茸の入ったスープに遭遇し、その危険性を説いたが女将さんは全く取り合ってくれない。だが、これを放置すればこの村だけではなく、この一帯が危険に陥るだろう。
少数の人間が寄生されただけなら特効薬でどうとでもなるが、末期になって胞子が撒き散らされると話が変わる。
周辺の野生生物が寄生されたり、地中に残った胞子が時間をおいて成長したりすることで、完全駆除が難しくなるのだ。
実際、寄生茸が存在している地域では駆除はすでに諦められ、エルネ草を定期的に摂取するようになっているらしい。放置すればこの辺でも同じ状況になるだろう。
とりあえず、思案顔の傭兵たちにエルネ草の煎じ薬を飲ませたい。ただ、彼らも俺の言葉を完全に信じたわけではないらしく、様子をうかがっていた。
ここは、少々無理やりにでも、飲ませてしまおう。とは言っても、力づくってわけじゃないぞ?
力は力でも権力に頼るのだ。
「こいつを見てくれ」
「なんだ? 身分証か?」
「ああ」
傭兵が言った通り、俺が取り出したのは身分証だ。旅立つときに、ジオスとミレーネが用意してくれたものである。
なんと、エルンストの領主の後ろ盾があるということが、しっかりと明記されていた。身分を証明すると書かれているだけだが、これがエルンスト周辺の領内では凄まじい力を発揮する。
近隣でそこそこ大きい町の領主が後見人ってことだからね。
まあ、本物だと信じてもらえれば、だが。
俺の渡した身分証を凝視している傭兵だったが、本物であると判断したらしい。作りもしっかりしているし、素材も偽物とは思えないからだろう。
「エルンストの領主様の関係者って事かい?」
「関係者というか、後援者みたいなものだな。俺は薬草や植物系に関してそこそこ詳しいんでな」
「ほほう? 薬草の専門家ってことかい?」
「まあ、このスープに入っているキノコや、それに対処するための薬草に関する知識があることは確かだ」
別にそれが理由で保護されたわけじゃないけど、なんか凄そうだとは思ってもらえたらしい。これで、俺が差し出す煎じ薬も飲んでもらえそうだな。
「……まあ、一杯くらいなら飲んでみてもいいか」
「じゃあ、ちょっと待っていてくれ。薬を用意してくる」
宿の女将さんたちが睨んでくる中、俺たちは部屋へと戻った。荷物を取りに行くと見せかけて、保存庫の中からエルネ草や鍋を取り出すのである。
スープの具材にしても美味しいんだが、今回は薬っぽく見せないといけないので煎じるだけだ。
エルネ草と水を鍋に入れ、魔法を使って煮詰めていく。風魔法で空気圧を操作して圧力なべを疑似再現しつつ、熱を加えて沸騰させるのだ。
すると、5分もかからず紫色の液体が完成した。非常に簡単だったが、これが寄生茸に対する特効薬である。末期の場合は回復魔法やポーションの併用が必要になるが、初期症状なら飲むだけで問題ない。
「さて、2人はどうする? 部屋で休んでいてもいいぞ?」
液体を、薬っぽく見えるように小さな瓶に移しながら、2人に訊く。
奴隷時代に、かなりつらい思いをしたんだろう。もうだいぶ改善されたとはいえ、しばらくは大人と話すことすら恐がるほどのトラウマだったのだ。
周囲の大人から敵意を向けられる状況は辛いはずだ。今まで優しかった女将さんや、村人たちの豹変ぶりは俺でもちょっと怖かったし。
「大丈夫です!」
「トールはクロたちがまもーる」
「その通りです!」
シロとクロは一瞬たりとも迷うことなく、どこで覚えたのか分からない変身するヒーローのようなシャキーンとしたポーズをとりながら、俺を守ると言ってくれた。
自分たちよりも、俺を心配してくれているのだ。
「そうか、ありがとうな。じゃあ、食堂に戻ろう」
「はいです」
「りょー」
急いで食堂に戻ると、女将さんたちの渋面は相変わらずだ。ただ、傭兵の人数が少し増えている。
どうやら食事にきたらしい。しかし、食堂の異様な雰囲気に戸惑っているようだ。
「待たせたな。これを呑んでくれ」
「こ、これか?」
「ああ。少々見た目は悪いが、ちゃんとした薬だぞ?」
薄紫色の液体は、何も知らなければ毒々しく見えるんだろう。ワインやブドウジュースにも見えない、絶妙な色味だからな。
「ど、毒じゃないよな?」
「おい、これ本当に大丈夫なのか?」
「お前が大丈夫って言うから……」
最初からいた傭兵が仲間に説明をしてくれていたようだが、薬の見た目を見てちょっと不安になったらしい。
すると、宿の女将さんがここぞとばかりに勢いを取り戻した。
「ほらみな! やっぱり毒なんだよ! あんたたち、騙されちゃいけないよ! あたしの宿の中で毒で人が死んだなんてことなったら、どうしてくれんだい!」
「じゃあ、俺が先に飲もう。あんたらが1つ選んでくれ」
「お、おお。じゃあ、これで……」
「分かった」
どうせ保険として俺もシロクロも飲むつもりだったし、構いやしない。傭兵が選んだ瓶を手に取り、俺は一気に呷った。少し草の匂いと苦みが残った液体が、喉を通っていく。
「ふう、これで毒じゃないと証明されたな?」
「ああ、済まなかったな。約束通り、飲ませてもらう」
「ちょ、お前マジか!」
「大丈夫なのかよ!」
「うるせぇ! いいから見てろ!」
領主の関係者との約束だ。ここまできて「やっぱやめます」とは言えないんだろう。俺が渡した薬を、意を決して一気飲みした。
「うげぇ。マズ……」
「薬だからな」
「で? えーと、これでいいんですかい? ううん? ごほっ!」
傭兵が大きく咳払いをすると、その口から紫色の煙が出た。これは、肺や胃の中に残っていた胞子の死骸だ。体内に残っている分も、いずれ吸収されて消えるはずだった。
「今の煙が、キノコが死んだ合図だ。体内に入ったキノコは、これで死滅した」
「は、はぁ……」
男は腑に落ちない感じだ。まあ、初期症状も出ていない状態じゃ、大きな変化はないだろう。
「そちらの皆さんもどうぞ」
「……え?」
その後、俺は傭兵たちに薬を飲ませることに成功した。まあ、数人だけだから、焼け石に水だろうが。狙いは、これが毒ではないということを印象付けることだ。
この後、他の傭兵たちに飲ませる時に、少しでも警戒心を解くためである。とりあえずエルネ草を摘んできて、薬を量産せねば。
あと、ジオスに手紙を送らないといけないな。寄生茸について、報告をせねば。チラッと迷宮を覗くだけのつもりが、なんか大事件になっちまったな……。




