12話 下水暮らし
クロシロを助けてから7日。
俺は2人を連れて、下水の奥に入り込んでいた。
「クロ、どうだ?」
「あっちから蟲のにおいー」
「よし、シロはそっちから追い込め」
「わかったのです! シロやるです!」
目的は食料の調達と、レベリングだ。
この下水には、ガブルルート、ラージドウマ、ポイズンラットの3種類の魔獣が生息している。普通の人間からしたら、ほとんど脅威性のない最下級の魔獣だ。
大量発生しない限り、討伐や駆除の対象にすらならない程度の存在である。
地球で言ったらゴキとかドブネズミとか、そんなレベルだろう。家の近くに出没したら駆除するが、わざわざ下水の中にまで駆除しに来たりはしないのだ。
だが、幼児3人には少々物騒な相手である。しかも、最下級魔獣にふさわしく、倒しても大した魔力は吸収できない。
それでも、下水という他者に見つからない安全な場所で狩ることができ、食料にもなる3種類の魔獣は俺たちにとっては絶好の獲物だった。
そうして地道に魔獣狩りを続けた結果、それなりの食料を確保しつつ魔力総量を僅かに増やすことができている。悪くない戦果だろう。
それに、魔獣を狩るうちに俺もシロクロも戦闘に慣れ、それぞれが自分のスタイルを見つけつつあった。
俺は魔法が主体だ。敵を近寄らせず、無詠唱の魔法で狙撃する戦い方を確立しつつあった。
次にシロだが、メインの攻撃は爪である。猫の獣人だけあって、シロの爪は大きくて固く、戦闘にも十分使用できた。
さらに、俺の父が残していった革の手甲を左腕に装備することで、敵の攻撃を受け流すことも可能である。相当ぼろいが、最下級魔獣を相手にするには十分だった。
しかも、魔法も大分上達している。微風だけではなく、風結界と風刃も取得できているのだ。シロは風に適性があるらしい。明らかに、他の魔法とは習得速度が違っていた。
風結界はその名の通り、風の盾のようなものを張る術。風刃はカマイタチの術だが、遠距離以外にも爪に纏えば直接攻撃力を増すこともできた。
ポイズンラットを相手にする際には直接触れることなく攻撃できるので、大分重宝している。
あと、光にも適性がありそうなんだが、今は豆電球みたいな光を一瞬だけ光らせることしかできていなかった。魔法が上達するまでは、風属性を集中的に練習させた方がいいだろう。
そしてクロだが、彼女には俺の母親のショートソードを使わせている。まあ、半ばから折れ、ダガー程度の長さしかないのだが。全く切れないという訳ではないし、重さもちょうど良くなっているので結果オーライだろう。
猫獣人のシロと比べると敏捷や腕力ではやや劣るようだが、その分魔法への才能があるようだ。なんと、特殊属性である闇魔法を、実用レベルで覚えることができていた。
闇刃という、相手の肉体と精神を同時に削る魔法だ。射出型も、ショートソードにまとわせる近接型も、詠唱短縮で自在に使いこなす。隠蔽もすでに無詠唱で使うし、まだ拙いながらも幻覚の術も覚え始めていた。
あと、火種の魔法もあっさりと使えたので、闇と火が得意っぽいのだ。
そんな2人も、もう逃げ出した時に羽織っていた襤褸切れ姿ではない。俺の母親の使っていた丈が長いブラウスを被り、腰を紐で縛ってワンピース風にして使っている。
防御力が高いわけじゃないが、布切れよりはマシなのだ。ああ、下着も俺の母親の物を使っている。サイズがデカすぎてカボチャパンツ状態だがな。
「シロ。そっちー」
「とぉぉ! うにゃぁぁ!」
「闇よ斬れ。闇刃」
2匹いたラージドウマは、シロの風刃爪とクロのダークネスショートソード(闇刃を纏わせた折れた剣、命名俺)で、瞬殺されていた。
これで本日3匹目だ。夕飯の食材は確保できただろう。
2人ともいい動きだった。もうこの程度の相手では問題ないだろう。
シロはやや直線的ではあるが相当素早いし、クロの魔法発動は滑らかで美しい。
だが、俺は少し落胆してしまう。
「また、魔力総量は上がらなかったか」
昨日から、魔獣を倒したのに誰も魔力総量が増えなくなっていた。この辺の雑魚魔獣の魔力ではもう増えないくらいに、俺たちの魔力が成長してしまったらしい。
2人がもっと魔法を連続使用できるようになったら、下水を出て活動を開始するつもりだったのだが……。
このままではいつになるのか分からない。計画の繰り上げが必要そうだった。
とりあえずあと1日は様子を見よう。奴隷商人が、シロとクロのことを諦めているかどうかも分からないし。
「じゃあ、2人は部屋に帰って魔法の練習な? 俺は食材調達に行ってくる」
「はいです!」
「あいあい」
俺自身の行動範囲は、今までよりも大分広くなっていた。下水の入り口から1時間近く歩いて移動することもある。
3人分の食料を手に入れるためには、結構広範囲を探索する必要があるのだ。
おかげで、カセナッツの原種以外にも新規食材をゲットできていた。
特にめぼしいものは、レモンモドキ、鳥の卵、シイタケモドキ、シメジモドキ、吸血蛇などだ。
吸血蛇はその恐ろしげな名前とは違い、30センチくらいの小さい蛇で、魔獣ではない。牛などの家畜の背に咬み付き、血を舐めることからその名前になったらしい。
味は淡白で、多少の臭みを我慢すれば結構美味しかった。貴重な肉だしな。
それと、最大の発見はトウガラシモドキだろう。味や風味がトウガラシそっくりの木の実で、臭み取りに役立つ。
シロとクロは舌に合わないようで多量には使えないが、味の変化をつけるのに使用している。なにより、この世界に来て初めて見た香辛料だしな。
「でも塩がないんだよな」
俺の目下の目標は塩だった。海塩だろうが岩塩だろうが、何でも良い。塩味の食材でも良いのだ。塩味が欲しかった。
酸味はビネガーマッシュとレモンモドキ、辛みはトウガラシモドキ、甘みは最下級ポーション、苦みは草類でどうにかなるが、どうしても塩味が足りない。テントから持ち出した塩は残り少なかった。
料理魔法を使って血液から分離できないかと試行錯誤したが、これが非常に高難易度だった。できても、ほんの数粒の結晶を生み出すのに全魔力が必要なレベルだ。
狩りなどにも魔力を使わねばならない現状、これを続けることは難しい。
「どうすればいいかね」
可能性は2つだ。
1つは、塩味の食材を手に入れること。食材知識により、ソルトファンガスや塩菜などの名前が挙がるが、発見できるかどうかは不明だ。地域的には生えていてもおかしくないのだが。
「あとは……買うしかないんだよな」
当然の選択肢だ。商店で購入すれば早い。というか、普通はそうだ。
「でも、問題もいくつかある」
まずは、金。食材探しの最中に、何度か銅貨を拾っていたが、とても足りないだろう。とすると、何かを売ったりして金を作らないといけないんだが……。
売れるものはほとんど持っていなかった。まずは天竜素材。貴重品らしいので、かなり高値が付くだろう。
しかし、こんな子供が持って行ったら、まず疑われる。天竜が町を襲ったのはつい先日のことなので、その素材をちょろまかしたことはすぐにバレるだろう。
普通の店なら買い取らないだろうし、買い取るような店なら俺をどうにかして奪おうと考えてもおかしくない。この案は却下だ。
もう一つは、カセナッツの原種から作る最下級ポーションだ。最下級とは言え一応ポーション。多少の値はつくかもしれない。
しかし、それで塩が買えるかわからないし、俺が錬金術紛いのことができるとばれるかもしれない。これもやはり売却するのは危険だった。
それに、人の多いところに出て奴隷商人やゴロツキに襲われたら? 商店主が悪人で、奴隷商人とつながりがあるパターンだってある。
「まあ、悪い方に考え始めたらキリないんだけどさ……」
他に売れそうなものはないか。
「食料はギリギリだから駄目だ。焼け焦げたテント、神様からの餞別はやはり目立つ。あとは……ラージドウマの殻とか?」
そうだ。それがあった。ラージドウマの殻は、駆け出し傭兵などが防具に使うこともあるらしい。場所によっては売れるかもしれない。
それと魔石だ。ラージドウマとポイズンラットは最下級なので、魔石は小指の爪くらいしかないが、それでも魔石は魔石。買い取ってくれないだろうか?
子供が小遣い稼ぎに持って行ってもおかしくはないだろうし。
「ただ、魔石を取り扱っている店となると、普通の店じゃだめかもな」
さすがに、食料品店で魔石は買ってくれないだろう。
「まずは、店探しからだな」
結局そこに戻るのだ。
まだ始まったばかりの当作品ですが、有難いことに書籍化の打診がありました。
早すぎて驚きですね。いや、マジで。
デッキひとつで異世界探訪の時も同じこと言ってましたが、あちらよりもさらに早いという……。
それにともない、30話までは2日に1回更新を続けさせていただきます。
ゆっくりと更新させていただくつもりであったのですが、このままですと書籍が本編を追い越しかねないので。
今後ともよろしくお願いいたします。




